なんか違うような・・・  


名古屋城を木造で復元するという

消失前の図面が残っているため完全復元したいという事である


訪れた人はご存じだろう・・・・

見かけだけは「天守閣」だがコンクリート造りの単なる展示用の建物だ

国を挙げての観光大国を目指すからには、旧国宝の木造天守を復元しよう

という地元の願いと努力によって計画は実現に向かっている



とある団体から「エレベーター」を設置しないのは「問題」だと抗議された

現存12天守にはエレベーターなど設置されていないが、どうして姫路城の

大改修の時にエレベーターを設置しろと抗議しなかったのか?

エレベーター付きの木造天守など江戸時代には存在していなかったのを

知っているからではないのか・・・


私には 味噌も屎も一緒 のような話に思えてしまう


なぜ莫大な費用を使って現存天守のような木造天守閣を造るのかという

意味が理解できないのかもしれない

見た目一緒なら同じ 中国人のような発想に頭痛がしてくる(笑)


現在の名古屋城は見た目は天守閣だが、中身はコンクリート造りの展望台

であり、展示館なのだから本物(旧国宝天守)を復元するというのがメインであり

名古屋市民の希望なのだ

近代的な展望台を造りたいとは市民は考えていない

世界中の人に見られても恥ずかしくない旧国宝を再現したい

これが正直な気持ちだろうと思う

* 名古屋城は旧国宝第一号の城郭なのですから


何でも反対

権利ばかり主張する精神性

伝統と文化は近代的な思考や解釈では存在できない事もある

本物の価値が解らない「似非」が多い国になってしまった気もする

日本人は「誇り」を忘れた国民になろうとしているのか

一歩前へ そして一歩後へ

前に進む努力と一歩引いて許す寛容さ

日本人なら誰でも持っていると思っていたが、そうではないようだ・・・。


Posted on 2018/07/03 Tue. 21:31 [edit]

category: 私の思い

tb: 0   cm: 4

裏話  


理由(わけ)はきっとある

「わけあり」という文字に敏感に反応する人へ

高いのも安いのも必ずや理由(わけ)があります

安いのは安いなりの、高いのも高いなりの!


江戸っ子は「粋」で生きたといいますが

地方との区別だけが頼りだった気がします


よく聞く話に「蕎麦通(つう)」の食べ方があるそうな

蕎麦は汁をほんのすこし付けて食べるのが通の

食べ方だと言います

これを真に受けて通気取りの「似非食通」がいらっしゃる

どうしてこれが通の食べ方になったのか?

これにはある事情というか、理由があるのです


江戸初期の蕎麦汁は「味噌味」から醤油味に変わりました

つまり鰹節で出汁を取り醤油に合わせました

添加物・保存料などの無い時代、毎朝大量に作るのも問題があり

蕎麦の原価より蕎麦汁のほうが高価だったのではないでしょうか

江戸の世は蕎麦一杯が24文~32文と言いますから

現代とさほど変わらない価格だったようです

おそらくその当時も原材料の値段は相応だったと思われ

湯水のごとく消費されては儲けが薄くなるため

苦肉の策として蕎麦屋の主が「ちょっとだけつけて食べるのが粋」

「通の食べ方」だと喧伝したのだと思います(笑)


どんなことにも理由があります

頭からまるっと信じてしまわないように・・・・・

大きなお世話だ?

その通りです(笑)

Posted on 2018/07/01 Sun. 23:23 [edit]

category: 戯れ言

tb: 0   cm: 0

価値観  


痒い痛いで仕事をさぼっても庶民の数百倍の生活が

できるのだから、日本という国は本当に御目出度い


愚痴を言っていても仕方がないが、暑さがますと

言わんでもいいことを言いたくなるのが庶民の性だ


私は靴の大きさは25cmだが、靴下は24~26というサイズを

購入している

最近の若者は足のサイズも大きいからなのだろうが、店頭に並ぶ

靴下のサイズの主流は25~27なのである

靴が25なら靴下も25~で良いだろうと思うかもしれないが

そのサイズの靴下を履くと、かかと部分がずり上がってしまう

その気持ち悪さと言ったら表現する気にさえならない


還暦を過ぎた老人の体格は若者と比べるまでもなく

当然、足のサイズもそれなりなのだ

平均年齢が高くなっているのに、消費流通する物の対象が

若者中心というのは如何なものか


「年を取ったら年齢相応の物を身に付けなさい」

母の口癖でした

由緒正しき貧乏人の家に嫁いできた母の精一杯の矜持か?

貧乏をしても父の服装など手を抜かなかった母である


最近のゴルフ場の主役は還暦すぎの老人であり

子ばなれしたご婦人がたなのである

ブランド物を身に付け高価な道具でプレイするのは常識で

年寄りは安ければいいという発想の人ばかりではなく

身に合ったものを自分の好みで購う人が多い傾向にある


中国製の「安かろう悪かろう」を敬遠する人も多い

市場調査や世論調査などあてにはならない

安売り合戦で本質を忘れた経営者たちには馬の耳に念仏

こんなこと書いたとて何も変わらないのが世の中ですが

日本人がなにか大事なことを忘れていっている気がして

爺はそれが心配なのです


慎ましくいきる庶民、どんなに節約しても底の抜けた

バケツが千代田に居る事を、「オカシイ」と思わない日本人が哀れだ


一円でも安い品を汗を流して買いに走る主婦

それを嘲笑うように浪費する千代田の住人

暑いのにエアコンを我慢しているのは庶民だけなのである


それにしても暑いわ(笑)

意地でもエアコンは使わないぞ!

※年寄りの痩せ我慢です



Posted on 2018/06/28 Thu. 22:13 [edit]

category: 戯れ言

tb: 0   cm: 0

難読漢字  


この国には多くの読めなくて当然の難読漢字が

存在します

このような国はそんなに多くない気がしますが

漢字、平仮名、カナと言語を表現するアイテムが

多いこともその一因でしょうし、文字(漢字)が後から

この国に入ってきたからだとも思えます


さて、紫陽花 この文字を習わずによむことはできません

単字からの応用ができない文字なのです

どうしてこういった文字が多いのか?


その答えは常から私が唱えている 最初に音ありき だからです


アジサイという花の事は万葉集が嚆矢(こうし)だと思われますが

現代人が考えるほどアジサイは庶民に好まれていたわけではなさそうです


万葉集にはたった二首が残されているだけですから

ポピュラーとは言い難いかもですね


事(こと)問はぬ 木すら味狭藍(あじさい)

  諸(もろと)らが 練(ねり)の村戸(むらと)に

           あざむかえけり


安治佐為(あじさい)の 八重咲く如く

  やつ代にを いませわが背子(せこ)

    見つつ思(しの)はむ



歌の素養のない爺には評価など望みませぬように(笑)



こうしてみてもアジサイは固定された文字が無かった

花を指す言葉、音はあっても文字は詠み人に委ねていた

そう解釈できます



ではどうして「紫陽花」という漢字が当てられたのか?

時は平安の世、歌人で学者だった 源 順(したごう)という人が

白楽天の詩のなかに出てくる「紫陽花」という花が、ヤマトに

咲く「アジサイ」と同じだと考え、この文字を当てたからだと

考えられています (実際はアジサイとは違うようですが)


季語にもアジサイは見当たりません

ごく一般的では無かった可能性すら感じますね (素人の勘ですが 笑)


今では多くの日本人だけでなく海外からもアジサイを見るために

足を運びますが、その目的地の多くが「寺院」なのをご存知でしょうか?


この季節(6月)は気温の変化が激しく、昔は「流行病」で亡くなる人が

多かったといいます

その死者に手向ける花としてアジサイがお寺に植えられたと言います


ですからアジサイの咲き誇るお寺は、かつて多くの人が流行病で

命を落とした地域にある寺なのだそう


今のように紫陽花の鑑賞が一般的になったのは戦後のこと

伝統と思っていたことが、つい最近の事だった顕著な例と

いうことかもしれません


私個人の思いですが、紫陽花の文字より 味狭藍 のほうが

この花を素直に表現していると思っております。


Posted on 2018/06/26 Tue. 23:13 [edit]

category: 歴史

tb: 0   cm: 0

厚顔無恥  


昨日、タブレットで久しぶりの更新を試みた

久しぶりという事もあって意外にも長文の更新となるはずだった


ところが、書き上げて投稿ボタンをクリックしたとたん

画面がフリーズ・・・・・

一行を残して消えておりました

今まで何度も同じようなことが有り、リスクは覚悟していましたが

現実にはかなりの落ち込みで、不貞寝する羽目に(笑)

接続が何らかの理由で途切れ自動保存されていなかったのに

投稿ボタンを押してしまったようです

これも試練でしょうかw


今日はパソコンを立ち上げて記憶をたどりながら更新しています




かの人が魔女の一撃を受けたという

かの人?

説明するまでもなく、あの千代田の女性です


皇位継承を控え公務をさぼる理由を模索していたようで

「医師団一人」が選んだのが【腰椎捻挫】でした

なぜこの病名を選んだのか?

理由は明白

適応障害と共通点があるからです

腰椎捻挫は別名【ぎっくり腰】ともいわれ、CTやレントゲンでは

第三者が確認できない「病名」だからであり

本人が「痛い」と言えば医者が否定することができないものなのです

自覚症状以外に発症部位すら特定できない厄介な怪我(病気)なのです


それにしても宮内庁の発表には笑ってしまいました

「車での移動をはじめ、立ったり座ったりする際に痛みを伴うものの

身のまわりのことをするうえで支障はない」

よほど国民は「無知で疑わない」と思っているのでしょう

腰椎捻挫になれば何が一番大変かと言うと、日常生活が満足に

送れないという悩みなのです

立ったり座ったりは言うに及ばず、トイレや入浴、寝返りすらままならない

のですから、身の回りのことをするには支障が無いというのは間違いという

ほかありません

問わずに落ちずに 語るに落ちる

これが東宮一家の現実でしょう

サボる理由がなく「サボりたい」という妃の尻ぬぐいを必死に考える宮内庁職員

国民をなめ切ったこういう態度の次期皇后候補には、魔女の一撃の次は

八百万の神の「神の一撃」が下ることを祈らずには・・・・

う~ん、今回はこれくらいにしておこう!


この世は 常に誰かが観ている といいます

誰かとは個人で異なることもあるでしょうけど

人間の眼であったり ご先祖様であったり

八百万の神様であったり・・・・私たちであるかもしれません。


Posted on 2018/06/24 Sun. 21:03 [edit]

category: 戯れ言

tb: 0   cm: 0

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

訪問者

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード


▲Page top