自分の意思  


お約束のようにこの時期になると

あの症状が顔を出す・・・


人間の弱さが例外なく万人にあることの証しなのだろう


人と会う事も、話をすることも、人込みの中に存在することも

全てが嫌になって来る


そんなわけでこれからは更新間隔があくことをご理解ください


いまのところ症状は軽いので、できるだけマイナス要因には

近づかない事にしていますので・・・。




この軽い時期に更新だけはしようかと・・・・


よく自殺する行為を否定する人が居ますが

私はそういう死にたい衝動に駆られる人を否定することは

できません

人は「死ぬ」と言って「死ねる人」と「死なない人」に分かれ

口で死にたい、死ぬと言い続ける人にはそれぞれ異なった

動機や事情が存在します


弱いから自殺するという意見もあります

当たらずも遠からずと言うところでしょう

ただ死ぬたくなるほどの精神的問題を抱えたことの無い人に

対してどんなに説明しても理解できるはずがありません


自分が「弱い」人間であることを自覚することが大事な事で

無理に強がったり、自分のチカラ以上に頑張ると、その反動で

弱い自分が増幅するような気がします


人は生まれた時代、産まれた環境、育った環境、多くの状況によって

異なる人生を歩みます

誰一人として同じ人生を歩む人は居ません

例えそれが兄弟姉妹であっても・・・・


その「違い」が理解できない人に、他人の人生の決断をとやかく語り

批判することは好ましくないと私は思っています

言葉は悪いですが「お前に何が解る?」ということでしょうか・・・


人は病気や事故では死なない

死を迎えた時が人の寿命であり、それまでは「それなりに生きている」

自死であろうと事故死であろうと病死であろうとも・・・・


百人居れば百本の人生の道があり、それを他人が

変えられるわけなど無く、自分が影響して変えたと思うのは

傲慢そのものでしかないと思っています


人にはそれぞれ決まった道があり、それについて語るのを善しとしない

妬まず、羨まず、無いものねだりはせず、今日だけを生きるのが

私の習い性になって久しくなりました


人生についての相談など、相談ではなく背中を押してほしかったり

自分の秘めた考えに同調してほしくて「相談」という名の「語りの場」を

欲しているだけ・・・



弱くたっていいじゃないですか

明日が不安なのは万人共通の事では無いですか

楽しくない人生が続くことだってあるはずです

人生の歩みを自分の意思で止めたっていいじゃないですか

誰かを道連れにするわけでもないのに・・・


よく「親からもらった命」という表現を使います

貰ったというこの言葉に若いころから強烈な違和感を感じてきました

私という人格が存在していて、その人格が親から命をもらったことなのか?

古代から現代へと続いてきた歴史

人の命はどの時代でも「泡」のようなものだった気がします


生き残った者勝ちの人生なんて何の意味がある?

私は勝者などになりたくはない・・・

長生きすれば「幸せ」「幸福」「慶び」なのか?

長生きした後に「何」が待っているかしっていますか・・・


自分の人生のゴールテープが5㎞、10㎞、20㎞、42.195㎞なのかは

自分で決めても悪くはないと私は思っています。

Posted on 2018/01/29 Mon. 23:14 [edit]

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どうなる神国日本  

予想もしていなかった白根山噴火

さらに青森県東方沖地震と山の神・海の神が

怒りをあらわにしている

その怒りの向かう先には罪なき赤子(せきし)が居た


天人相関については度々書いてきたので今更書かないが

日本のツートップである二人の行状に神が警鐘を鳴らしている

私は確信にも似た気持ちでいっぱいである


国民の血税を湯水のごとく使い、仮住まいに8億円だとか

新居に35億円とか言う風聞が流れており、これが事実なら

神の怒りを受けても致し方ないという事だ・・・

赤子(国民)に寄り添うどころか足蹴にして笑顔でいる心理が

理解できないのである

天皇だから偉いのでもなく、皇族だから何でも許されるわけでは無い

非常識が服を着て歩くような皇室など必要ないとまで考えるようになった


さらには政治のトップである安倍晋三氏は、なんだかんだと口に出しながらも

結局は苦しい言い訳をして韓国五輪に出席するという

「嫁さんが行きたいと、ゴネたのではないか?」

そういう憶測すら聞こえて来たのも否定できないか…

憲法改正は公明党の理解を得ることが重要だと言っているようだが

問うに落ちずに語るに落ちる

結局、公明党ありきの政権維持でしかない

公明党と韓国抜きで安倍晋三氏の政治生命は続かないという事だろう

北朝鮮に対し毅然とした行動をするという口が乾かぬうちに

韓国・平昌五輪にノコノコ出かけるという頭の構造は摩訶不思議である

慰安婦問題の事実をうやむやにしているのは、誰あろう日本の政治家

たちではないのか・・・

これでは、神さまたちが怒りを顕わにしてもしかたのない事だ


徳の無い人間が日本を滅ぼす

日本を取り戻すどころか、日本を貶める先導役の日本のトップたち

西部氏ではないが私も早くこの世と「おさらばぇ~」と言いたくなった


異常気象とか天変地異とかいう物は本当は存在しない気がしている

この世にあるのは、天人相関と八百万の神の怒りだけかもしれない

神の怒りはトレビの泉の小銭と同じ・・・

何処に落ちるかは神のみぞ知る


星が降ってくるような錯覚を覚える田舎の夜空

全ての音を吸い取ってしまう、深々と降る雪に覆われた銀世界

星を見ているだけで目が痛くなってしまうほど、光が無用な星空

銀世界の中に身を置くだけで、耳が痛くなるほどの静寂

神さまと共にある事を実感できるのは、そういう世界なのかもしれない

Posted on 2018/01/24 Wed. 21:34 [edit]

category: 私の思い

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酔って候  


慰安婦問題を未だに問題化しようとするお隣の愚民

そのニュースを観て、半信半疑な日本人たち・・・


ハッキリ言ってテレビ・新聞から情報を受け取るだけのお花畑愚民は

自ら考えず、自ら調べず、その時々の「大勢」の意見に流されている


毎日ネットに出入りしている日本人は別として、多くの日本人はマスゴミの

洗脳にどっぷりと浸かってしまっている

・・・・それが現実です


私が時折ブログに書いていることのほんの一部を口にしただけで

懐疑のまなざしを向けてくる

なぜ強制連行が「嘘」なのか、きちんと説明できる人は少ない

私は七面倒な説明が嫌なため、適当に話題を変えてその場をやり過ごす

それが長屋の爺の日常である




日本政府が論理的に否定する文章を公に開示・提示しない事も

無知な国民が多い原因だが、マスゴミの「知らせない自由」の影響は

計り知れないのである

生存する朝鮮慰安婦(売春婦)の供述には次のようなものが有る

* 朝鮮戦争中に軍に拉致された

* そのとき日本兵にジープに乗せられ拉致された

* クリスマスの夜は特に忙しかった


日本軍による強制(拉致)と言いながら、時代が異なる朝鮮戦争という

明らかな嘘を臆面もなく語る

大東亜戦争当時、日本軍にJeepという乗り物は存在していないし

それに類するものも無かった

大東亜戦争中は敵国語や敵国の宗教は「ご法度」であり、日本軍部に

クリスマスを祝う習慣は無かった

明らかに朝鮮戦争のときに、韓国軍の慰安婦を行っていた女性の発言だ

強制連行されて慰安婦にされたと言い続けた女性(文玉珠)が日本の郵政省

を相手取り貯金の返還を求めたことがある

2万6145円 単純には計算できませんが、今なら莫大な金額です

当時の千円は今の200万円くらいでしょうか?


戦時中強制連行された数年で「性奴隷」だった身分で、今の価値に

置き換えて億単位の貯金ができたなんて・・・あり得ませんよ

単なる高給コールガールだったという証明です


どういう経緯であろうと、兵隊さんの給料より多くの収入があったのは

紛れもない事実で、奴隷でも強制的でもなく、自由もあり裕福に暮らし

貯蓄までできたのであり、本土の遺族からすれば補償してほしいのは

働き手を亡くした彼女たちの方だと思います


かなり酔いが回っています・・・

こんな時しか本音が書けませんから書いちゃいましたw


深層

詞・曲・唄  半崎美子


あなたをなくした 悲しみと  あなたと出会えた喜びの

二つを海に沈めたら 同じ速さで落ちました


あなたが残した思い出と  あなたと交わした約束の

二つを空に放したら  両手に残ったままでした


振り向けば 光るあなたの欠片を 

時として つたう涙に代えて 

気がつけば 浮かぶあなたの言葉を

繰り返しつなぐ 届かぬ日々に


あなたをなくした悲しみと

貴方と出会えた喜びの

二つと共に生きていく

あなたと共に生きていく


Posted on 2018/01/17 Wed. 23:30 [edit]

category: 私の思い

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訪問ありがとうございました  


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 本年もご訪問くださり ありがとうございました

 主(長屋の爺)ともども 心より感謝いたしております (ミコ)



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神さまとは 何処にでもいて、何処にもいないもの

八百万の神は 神社にだけ居るのではない・・・


自分の傍にあるすべてのモノに宿っているものであり

自分自身の心の中に、神さまが居ることもある

いると思えば居て、いないと思えば居ない・・・

そんなことを思っております






漠然ではありますが、来る年も 気の向くまま 駄文を綴って

感謝の気持ちを忘れずに、精進・努力する そんな

2018年にしたいものと、考えております
  



期待されるブログには程遠いですが、できる事ならば誰かの目に留まり

何かの役にたつような、そんなブログになれば幸いです


皆様の新たな年が 幸多き一年になりますよう

心よりお祈りいたします  長屋の爺





Posted on 2017/12/31 Sun. 13:31 [edit]

category: 私の思い

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今日は冬至だった・・・  


毎日寒いですね

今日は冬至ですが、カボチャには縁がなく・・・・

というのも、私は恥ずかしながら「煮物」が得意ではなく

野菜などの煮物はスーパーの総菜で賄っています

焼く・炒める・茹でる・刻むのは得意なのですが・・・

野菜や魚の「煮物」だけは、ほとんど経験がありません

得意料理に「煮る」というジャンルは皆無なのです


それと、私が小学生の時、一年ほど我が家の経済が破たんしていまして

弁当は「ジャガイモ」と「南瓜」のみという生活でした・・・

その影響からか「馬鈴薯とカボチャ」は、自分が家庭を持つまで

「タブー」でした

弁当箱の蓋を開けたら「イモとカボチャ」の気色を想像してみてください(笑)

それが一年間続いたのですから・・・銀シャリが好物というのも納得してもらえると

勝手に思っております



私は家族が作る食事に不平や不満は言ったことがありません

作ってもらっておきながら「不満」を言うなら「自分で作ってみろ」という考えです


私は10代のころに純喫茶でアルバイトをしていましたので、コーヒーの立て方や

サンドイッチ・焼きそば・ホットドッグサンドなど今でもOKです

当然ながら純喫茶ですからシェーカーも振れますからカクテルも・・・


十数年前には友人が経営していた「食堂」の厨房を任されていたこともあります

その時の逸話を一つ

或る時、お客様の注文が入りました

注文は「カツカレー」、基本通りパートの「おばさま」たちが冷凍のカツを油で揚げます

その間に私が皿にご飯を盛り付け、「おばさま」に渡します

ところがその日に限って、上げたカツを床に落としてしまいました

どうするのか観ていたら・・・

「大丈夫よね」

「そうそう、3秒ルールよ」

どうやら、落した食材は3秒以内ならOK という論理らしいです(笑)


私は責任ある立場ですし、公的施設の食堂ですから、容認するわけには

いかなかったので、「もう一度、別のカツを揚げてください」と指示しました

そこでおばさまたちは、「大丈夫だと思うけどね」

「直ぐに拾い上げたし、3秒ルールもあるし・・・」

カチンときた私は、「とにかく別のを早く揚げて、お客様に出してください」

不満たらたらの彼女たちは、何とか注文の料理を出して一段落しました


そこで、件の「カツ」が皿の上に残されました

わたしは「好かったら そのカツ食べてもいいですよ」と・・・

彼女たちは即答で「落としたカツなんていらない」と言うではありませんか

はい・・完全に私は切れてしまいました(笑)


お客様から「料金」を頂戴する料理に「落としたカツ」は出せても、無料で

自分が食べるカツが「落ちた」ものでは嫌だという論理・・・・

私は理路整然と彼女たちの「間違い」を説きましたが、聞いているのかどうなのか

ほどなく、私はその厨房を去りました


このような女性たちが家族にどんなものを食べさせているのか?

おそらく仕事だから、家庭とは別であり、見知らぬ他人が口にする物に

関心も責任も無いという事なのでしょう

こういう女性たちは韓国旅行に行って、土足の床に落ちた料理を出されて

「美味しい さすが本場ね」とご満悦になるのだと思います


私は聖人君子ではありませんが、自分の「勤労報酬」に値する責任と自覚を

持っています

仕事バカの私だけかもしれませんが、最近の日本人は「責任と誇り」を

どこかに忘れてきてしまったように感じています


「そんな手間かけても、だれも評価もしてくれないし、気づいてもくれないよ」

私がいつも耳にする言葉です

観ているから「やる」、観ていないから「やらない」という論理に違和感を感じますね

やる・やらないは自分の問題であり、他人様の問題ではないのですから


私はお金を頂いて仕事をします

当然のことですが・・・

その際に私の方からお客様に「有り難うございました」と口にします


ところが、心あるお客様はお金を払ったにもかかわらず 「ありがとう」と

私たちに声をかけてくれます

「ご苦労さん」といわれておしまいになっても不思議でない状況で

この「本当にありがとう」という言葉が何よりの【ご褒美】に感じるのです


飲食業なら「御馳走様」「美味しかったわ」という言葉が有るように・・・・

お金を払う「お客=神さま」が逆に感謝してくれる

これ以上「仕事人冥利」に尽きる言葉は無いと私は思っています。


そろそろ酔いが回ってきましたw

今夜の酒の肴は「金目の焼き」です、寒い日が続きます 

風邪などひかれませんように・・・・・

Posted on 2017/12/22 Fri. 22:20 [edit]

category: 私の思い

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