つける薬も無い  

《 祭だ ワッショイ・・・炎上 上等! 》


私がこのブログを始める前・・・

と言っても、前ブログを止めて、どうするか思案しているとき

いっその事「親しい人」だけが閲覧できるスタイルにでもしようかと

本気で考えていた時期がある


私の実態は「けっこうな過激爺」であり、本音を書けば騒がしくなる

ひよった読者の相手も鬱陶しいので、数人の親しい読者だけのブログも

良いかな・・・なんて考えていた


どうしてそう思ったか?

最近のブログのコメント欄を見れば、誰もがそう感じてしまう事だが

第一に 【挨拶ができない人間ばかり】

第二に 【他人様のブログのコメント欄に、長文の持論を展開する】

第三に 【まともなブログネームすら書かない】

第四に 【冷静に、且つ論理的に物事を考えられないで批判する】

最近は私のブログは「平穏無事」 (40人くらいの閲覧ですから 笑 )

なので、その心配も無駄なのですけどね・・・


他人様の家なり、職場を訪れていきなり用件を話し出す人間など

この世に居るのでしょうか?

先ずは 【挨拶】 【名乗り】 そして【用件】ではないでしょうか・・・

そんなことも理解できない人間が、偉そうに講釈垂れると腹が立つ


他人のブログ批判するほど「ヒマ」なのでしょうけど

何かを信じるのは結構な話だとは思いますが、それを他人に強要

するのは、いただけない話だと思っています

わたしは「痘痕も靨(あばたもえくぼ)」が大嫌いで、盲信することも

嫌いなので、シンパサイザーになることもありません

政治家であろうと、役者であろうと、歌手であろうと・・・・


過激な批判をする人は、周りが見えなくなっている事に気付いているのでしょうか?

私はブログで不適切なコメントを書く人の多くは、自身はブログを書いていない人が

大多数のような気がします

言い換えれば、フィールドに降りないで、観客席から罵声&ブーイングする・・・

姑息な輩とでも言いますか・・・

非論理的なことも恥ずかしくもなく口にする・・・どこかの国の国民のように


私は常々こう書いてきました

反論があるなら 自信のブログに書いて「招待状」をください

(観るか観ないかは私の自由ですけど・・・・)


そんなわけで、ブログを書かないけど批判コメントを頻繁にする人は

ブログに書くとダメ出しされたり、批判されるのが嫌で「書かない」

のだと、私は思っていますが・・・

結局、他人様のブログに「ダメ出し&過激な批判」を平気でする人は

評論家やコメンテーターにでもなった気なのかな?

なんて思っていますけどね(笑)


現代は「100かゼロか」、「白か黒か」、「右か左か」、「敵か味方か」

そういう短絡的な思考で動いているようです

忖度とか斟酌とは別の【慮る(おもんばかる)】ことが忘れられています


熟慮せず短絡的に物事を判断する風潮は日本人には似合いません


私のような人間は世の中のマイノリティーだろうし、不必要な人間ですが

持って生まれた性分ですので、今更変えることもできません

さらには、私のような馬鹿につける薬もありません・・・

そして・・・現代人の「病」に効く薬も、無いような気がします。

Posted on 2017/07/18 Tue. 23:32 [edit]

category: 私の思い

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親の言葉 冷酒  


梅雨らしからぬ「空梅雨」の地方も有れば、豪雨で未曾有の

災害が発生している地方もある

宮城(きゅうじょう)に地方の窮状が伝わらないのが悲しい・・・


全ての事には必ず「理由(わけ)」があるという

親の説教と冷や酒は、あとから効いてくる


親の言葉を聞かなかったらどうなるのか?

船越・松居の醜聞を見れば一目瞭然である

「火病」は他人の気分まで損なうもの

船越英二は現在の騒動を予見していた?


私はこの齢になっても、親の言葉をきちんと守っている

他人様の前で 唄ってはならない

他人様の前で 絵を描いてはならない

他人様に 書いた文字を見せてはならない

私の才能の無さを父親は、はるか昔に見抜いておりました(笑)

私にとって「越えられない高い壁」が父親であります

運動も、絵画も、歌唱も、筆字も、勉学も何一つ父親の域に

達したものはありません・・・・

いや、達しないどころか足元にも及ばなかったと言うのが

本音でしょうか・・・


蛙の子は蛙

これは良い意味でも悪い意味でも、親の血を受け継いだ証明です


トンビが鷹を産む

これはあり得ない事、有ってはならない事のたとえ話です


鷹がトンビを産む

これはなさそうで、時には現実に起こる話です


最大の親孝行は、子供が父親にとっての誇りになる事です

しかし、最悪なのは、父親が子供の誇りになる事かもしれません


もし、全ての子供たちが父親を越えてしまったら、世の中がめちゃくちゃに

なってしまう気がします

ウサイン・ボルトの息子が将来、父親を越えたら100Mを何秒で走るのか?


有るかもしれない、無いかもしれない・・父と息子、母と娘

現実は時には楽しく、時には残酷に訪れてくる気がします


「二世」と言われる人の多くが、父親という壁に向き合い

「三世」ともなれば、壁が山のように聳えてしまうようです

努力は越えられないと自覚したときから、その中身は薄くなり

負け犬の多くが「壁」の責任にして、逃げる人生を選択します


私もその一人だったことは間違いありません

離婚を機に「学ぶ」事を始めたことが私の人生にとって「どうなの」か

その答えは・・・・未だに出ていませんが

私がこのブログで書いているのは、私の考えの一部分でしかありません

本音を書きだしたら、過去のように「炎上」する可能性が有り、面倒なことが

嫌で、かなり薄めて書いております

なぜ?

どうして?

それを「タブー無し」「常識を無視」「全方位から観てみる」ことをすれば

意外なことも見えて来たりします


人間というのは時として無意識のうちに「例外的思考」を生み出します

犯罪者を批判する人が、犯罪者の生い立ちに共感すると罪に対する冷静な

判断ができなくなります

罪を犯したことと生い立ち・環境は「酌量」すべきではないはずであり

劣悪な環境で育って「まともな人間」になった人が多い事に着目しません

氏・素性と犯罪には因果関係など無いも同然なのに・・・・


心神耗弱とか精神鑑定とか・・・

人を殺す人間が「正常な神経」を保持しているわけがないのは当然であり

盗撮・痴漢・窃盗・婦女暴行をする人間が「まともな神経」を有しているわけが有りません


後悔とは・・・後からするものであり、後悔を先取りすることは不可能です

ですが、最悪の事態を想定することは可能です

一流企業の管理職や省庁の職員、警察官や自衛官、政治屋などの

犯罪報道を目にする時、理解できないし理解したくもありません

その盗撮・痴漢行為は人生を棒に振るほどの価値が有ったのか?

万引きした商品に生活を破壊するだけの価値が有ったのか?


殆どの人は自分の立っている場所を冷静に見ることができません

その場を去ってからようやく、その場所の存在価値に気づきます

離婚した人間にしかわからないことがある一方、生涯添い遂げた

人にしかわからないこともある気がします


人生において失ってから気づくことは数えきれないだけあります



躓いて転んだ後に振り返り、「何に躓いたのか」に気づくものです

そうならないように・・・親は子のために「説教」をします

これが親の教えですが、今の親の多くは「教え説く」ことができません

なぜ「いけない」のかを教え説かず、「オジサンに叱られるから」という

説明にならない理由で導きます



今の子供たちが「冷や酒」の有難味を生涯知ることは無いでしょう

冷や酒も「温めの燗(かん)」にしてしまうと「過保護・軟弱」と

いう「不細工な大人」を作ってしまいます


ちなみに、温めの燗は齢をたくさん重ねてからが美味いのであって

若い頃は「冷や酒」を煽ってから走るのがベストだと思っています。

Posted on 2017/07/15 Sat. 21:57 [edit]

category: 私の思い

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期待と希望  


九州の豪雨に心を痛めている方も多いと思います

お亡くなりになられた方々の冥福を祈らずにはいられません


私は最初の速報を見た瞬間、思わず「天人相関か?」と

呟いてしまいました・・・

不適切な思考かもしれませんが、私の意識の中では

赤子の不幸は「統治者」の徳の無さが原因だと決めつけています

科学的根拠も無ければ、論理的な説明もできないことなのですが

ずいぶん昔から「日本には天人相関」が息づいている

そんな確信にも似た思いを抱いていました

だれの【徳】が欠けているのかは個々の判断でしょうけど・・・・


私は 【期待】 というものをしない主義です

希望は持っても、期待はしない

期待をすると言う事は、そうなる事が内心では【必須】になります

もし、そうならなかったなら大きな喪失感が生じます

あるいはとてつもない失望感と言っても良いかもしれません


期待度が高ければ高いほど、失望感は増幅されていくのだろうと・・・

ファン心理というものにも、その傾向が多くみられると感じていますが

自分自身で結果を想定して、そうなる事が当然のこととして意識を固定します

ところが現実はそうならないことの方が多く、失望感も頂点に達してしまい

その失望感の着地点が見つけられず、「だれか」「何か」の責任へと向かい

論理的に「不可解な言動」へと突き進んでいきます


これは私たちの周りのあらゆることに共通しています

思い当たる人も多いとは思いますが・・・


例えば、私が50年間応援している「東京ヤクルトスワローズ」の問題でも

ここ数日のファンの反応と言うのが、まさに↑のような状態なのです

クラブハウス前に集まったファンは「選手は悪くない、責任とれ」

「入場料 返せ!」 と罵声を浴びせたと言う・・・・


まず・・・選手は悪くないという発想がおかしい(笑)

監督やコーチ、球団幹部がボールを投げたりバットを振っているのではない

あくまでもプロスポーツは選手が基本である

選手の起用法、サインの出し方(戦術)はベンチの責任であるが

大量点をとられたから、監督が悪いと言うのもどうなのか・・・

おまけに、自分の意思で入場料を払っておきながら、負けたから

返せ は意味不明な話(笑)

勝つ試合が見たかったから「入場料」を支払ったけど、負けたなら返せ

という発想こそ、「期待して観戦した」ということに他ならない

当たらなかったから宝くじ代金を返せと言っているようなものだ(大笑)


私はプロ野球ファンの一部に、こういう「訳の分からない似非ファン」が多い事が

以前から気にはなっていた・・・

私がこの球団を応援し始めた時、国鉄スワローズからサンケイスワローズに

変わったばかりのころで、とにかく弱かった(笑)

44勝91敗5分 借金47 という惨たんたる成績だった

その翌年、球団マスコットが「鉄腕アトム」に変わって、アトムズになった

しかし、相変わらず弱かった、だからその当時のファンは「勝てば儲けもの」

勝利という希望は持っても、勝つことに期待などしなかった(できなかった)

それでも選手のプレイに対し「罵声」を浴びせる愚かななファンは居なかった

と思っている


私が近年「違う」と感じたのは野村監督の時代に、球場の心無いファンが

「辞めろ」とかペットボトルを投げ込んだ時からだろう・・・

優勝すると「強いチーム」に引き寄せられるように「似非ファン」が増える

そういう馬鹿が「辞めろ」だの、「責任とれ」だの叫ぶのである

冷静に選手や球団を応援できない「似非ファン」が、わかったようなコメント

を呟き、勝手に過剰な期待をして、その失望感・喪失感から誰か、何かに

憤懣をぶつけて留飲を下げているだけ・・・・


球団や監督が「応援を強要させたのではない」

球団や監督が「強制的に入場料をもぎ取ったのではない」

自分の意思で応援して、入場料を払った人間が何を言うのか・・・


選手や監督・コーチに罵声を浴びせる人間に言いたい

貴方なら、どれだけできるのか?

グラウンドに降りて行って、ホームランを打てるのですか?

相手バッターを三振させることができますか?

自分ができもしないことを、非難したり批判することはおかしい!

私にはそう思えて仕方がないのである。




Posted on 2017/07/10 Mon. 22:01 [edit]

category: 私の思い

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ネットと爺の私生活  


私は「ネット通販」を頻繁に利用している

時代とは言いながら利用するには、ある程度の覚悟

をしなくてはならないのが原則である


しかし、私は近くのスーパーに月2~3回、ホームセンターに

月4回程度足を運ぶのだが、それで独り暮らしのすべてを

揃えるのは少々無理がある

当然重いモノ、かさばるモノ、近所で売って無いモノ

そういうものを中心に「ネット注文」することにしている

例えば「書籍」などは私が欲しいものは、最近の書店の取扱数では

取り寄せするしか手に入らないことが多い

その結果、Amazonや楽天で購入することになる


基本的には日本のメーカーの誰もが知っているような

ありきたりの商品が主体だが・・・時には、目についたものを

「衝動買い」することもある


最大のデメリットは「売り手の顔」「商品現物」が見えないことである

「画像などを見て注文してないの?」

そう思う人も多いだろうが・・・そんなの「あて」にはならないのである

もう一つは「**製」という表示がされていない事

さらに、何処の国の業者なのか、何処の国から発送されるのかも不明なのである

商品を頼んだのに(前払い)、待てど暮らせど届かないことが何度もあった

返金保障してもらったから実質的な被害は無かったのだが・・・


特に酷いのが中国製&中国からの郵送商品だ

なかなか日本では見かけないユニークな品を見つけ、注文したのはいいが

待てど暮らせど・・・そのうち注文したことすら忘れてしまって(笑)

ある日突然、外国郵便が届いて開封したら「そのような商品」が・・・

出品画像とは似ても似つかぬ「ガラクタ」が登場したときの感動は(笑)


中国発送の商品の最大の特徴は「完璧な粗悪品」の多さと、「異臭」を

放つ迷惑商品、ただし・・・値段は驚くほど安価なのも事実だ


自動車のDIY部品を注文したときは、配線の「ハンダ」が接続してはいけない

箇所にハンダ付けされていて、線を繫いだら「白煙」を生じて溶けてしまった

別の部品の時は開封したら、バラバラになった商品が・・・

組み立て途中だったのか? 面倒になって梱包してしまったのか?

当然ながら、私は「ノークレーム」でゴミ箱に放り込んだ

「中国製品」と分かっているのに注文してクレームをつけること自体

無意味だと言う事を私の中では基本にしているので・・・


互換品と言うものも中国製の大きな特徴で

「見た目が同じなら、同じ品」 というお国柄であるから

「安物買いの銭失い」を覚悟の人はお試しあれ!

品質の高さ、精度、保障などを重視するなら、日本製品を

購入することをお勧めしたい(笑)


米は北海道・ホクレンの「ゆめぴりか」しか食べないのでネット

で注文しています(美味しいお米を食べるのが日本人の基本)

猫の餌&おやつ、トイレ用品などもネットに依存していて

基本的に「安い」「お得」というのは選択基準にならない爺ですから

当然ながら「訳アリ商品」は購入しない主義です

高いのには高いだけの「わけ」があり、安い商品には安いだけの

「わけ」が有るのは当然の事・・・・

訳の無い商品が存在すること自体「異常」だと思っています


価格と言うものは「自分自身が納得できる」ものが適正価格で

納得できなければ・・・それは価値の薄い「高額商品」ということに

なると思っています


安いと言う言葉の基本になるのは、誰か(企業)が表示した価格に

対しての、それ以下の価格の事であって、自分の価値観とのバランス

で出された価格ではないと思っています


私は独り身で小食、だから時折「上質」「価格無視」で食べるようにしています

明日、来週・・・生きているという保証のない人生ですから、節約・我慢しても

意味が無い気がしています

だからと言って、私が贅沢三昧しているわけではありませんが・・・

自分自身にたまには「ご褒美」を、自分から自分に対し「奢って」いるのです


月に一度回っていない「寿司店」へ足を運び、月に2~3度「クロマグロ」を

柵(さく)で購入し、お気に入りの蕎麦店で「十割蕎麦」を堪能し、二ヶ月に

一度「ウナギ専門店」でウナギを食べることにしています


基本的に「間食」はしない人間ですが、肉体労働ですからたまには「甘い」

ものが食べたくなります

和菓子が中心で「洋菓子」はほとんど食べません

「上質のあんこ」が大好物で、美味しい和菓子の基本は「上品な甘さ」です

炭酸系が苦手で基本的には「お茶」と「ブラック珈琲」、生水は飲みません


この二ヶ月で体重が4キロちかく減っています

夏が終わるころまで生きているのでしょうか?

と言って・・・大きな病気をしているわけではありませんが(笑)


食べたいものを食べたいときに、上質なものをほんの少し・・・

たまに焼酎を片手に読書&ネット閲覧・・・

それが心と体に有益なのだと私は思っています。

Posted on 2017/07/05 Wed. 22:53 [edit]

category: 私の思い

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飲酒運転事故と受動喫煙  


私は生来「性格がねじ曲がっている」と自覚している

一般の方が考えるスタンスとは違った「位置」から観ることが多い

ひねくれ者と呼ばれようが、性格異常者と褒められようが・・・

常に自分の頭の中では他人とは別の感想を持ち続けている


人間とは面白い事に、つじつまの合わない論理で武装する傾向にある

例えば飲酒運転でもそうだ・・・

飲酒運転による事故で「人命」が失われても、「飲酒運転禁止」とは言うが

「飲酒禁止」とは誰も言わないのである

たしかに酒が人を殺したわけでは無いのだから、酒に罪など無いともいえるが

酒が有るから飲酒運転事故が起きるのも事実なのである

たまたまその場所を歩いていただけで「貰い事故」で命を失くした人が

どれほど多いか・・・

これも言ってみれば「受動」であるのは否定できない

なのに・・・貰い事故の原因である「酒」の禁止は話題にならない


さらに、自動車が人を「撥ね」「轢き」人命を奪うのに、「自動車廃止」とは

だれも口にすることは無い・・・・

自動車が無ければ「交通事故死者」は出ないのも、ある意味事実なのである

飲酒禁止や自動車廃止を言わない方は、受動喫煙だけを問題にすることに

疑問は起きないのだろうか?


酒を呑んで「諍(いさか)い」を起こして殺人事件が起きても、酒が悪いとは誰も言わない

酒を呑んでいなければ、不幸な事件が起きなかったかもしれないのに・・・


私が受動喫煙に対し、大きな不満を持つのはその理由からなのである

禁止薬物を使用して交通事故を起こしたら、「薬物使用禁止」を大声で叫ぶ

これは当然だとして・・・

では・・なぜ「飲酒運転事故」が起きても、「飲酒運転禁止」と叫んでも

「飲酒禁止」とは」叫ばないのか?


不思議に思いませんか・・・・

酒が身体に良いのか有益なものかどうか、私になんぞわかるわけが有りません

酒に依存する「アルコール中毒」と言う方もおります

身体を壊すのは酒もたばこも薬物も、ある意味同じようなものだと思います

飲酒事故は次の瞬間に「人命」を奪い去りますが

たばこの受動喫煙で「即死」などしないはずですけど、たばこは「悪」で酒は

「善」なのはどうしてでしょう?


酒の業界に従事している人の数が、たばこ業界で生きる人より多いからでしょうか?

タバコはほぼ独占状態であり、酒業界は「造る人」、「販売する人」、「呑ませる人」の

数が膨大だから、影響の小さい「たばこ」「薬物」がスケープゴートにされているのか?


私はたばこ擁護でもないですし、たばこ反対論者でもありません

ただ・・論理的に考えて「おかしい」と感じたから、受動喫煙反対に疑問を投げただけです

おそらくこの疑問を解決できる持論を持っている方は居ない気がします


「統計」や「確率」で言うなら、酒の方に分が悪いのも現実です

飲酒事故の死亡率は相当高そうですから(笑)


酒をたしなむ長屋の爺が「酒」を悪者にしたくないのは本音ですけど

自分の嗜好が酒であろうと煙草であろうと、おかしい事はおかしいと・・・

素直に感じただけなのですが、やはり普通ではないのだろうなと

この頃感じていたので、記事にしてみたけど・・・

やはり、ねじ曲がっているのでしょうね(笑)


今回でこの話題はお終いにします・・・・。

Posted on 2017/06/27 Tue. 22:33 [edit]

category: 私の思い

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