伝える事  


先日、調子の悪かった腰を痛めてしまった

「魔女の一撃」という厄介な奴で・・・・

どういう体勢でも辛く、湿布と痛み止めのお世話になっています

そんなわけで更新は様子を見ながらという事で・・・



最近の気象は我々がかつて経験したことのないような

まさに「異常」にも感じる状況です

我が日本にも【天人相関】という考え方があります

徳の無い者が国を治めると天の怒りを受けるというもので

異常気象(干ばつ・豪雨・冷害・地震)や疫病(伝染病)などの流行だと

され、戦争などは含まれません

なぜならここで言う「天の災禍」とは自然現象が基本にあるからです

どうして自然現象なのかといえば、日本の古来の神とは「自然神」が

中心だからです

八百万の神とはたくさんの人格神ではなく、自然そのものであり

そこに宿るとされる【精霊】が神であるという考えです

これを「こじつけ」「迷信」と思う人には理解できない話で

先人たちが経験したことから導き出した「戒め」だと私は解釈しています



私たちが古代史や歴史を考える時、現代感覚で考えてしまいます

例えば現代ではお年寄りより若者の方が「知識」や「情報」をたくさん

持っています

それが良いとか悪いとかは別として、毎日発信される情報知識においては

高齢者は「置いてけぼり」を食らう事がしばしばあります

しかし、古代では知識・情報は空を飛んでくることは無く、どちらかというと

経験則が生活の基準になっていたと思えます

その意味から「情報」「知識」「技術」は一部の人間、それも歳を経た「長老」

と言われる人たちの【占有】に近かったと私は思っています


ではその知識はどうやって伝え続けたのでしょう?

おそらくその多くは口承(こうしょう)だったと思われます

*口伝え・口伝(くでん)ともいいます

そのなかでも特に重要なことは多くの者にではなくある限られた

人間にだけ伝え残されたと考えています

それを口秘(秘伝、一子相伝)などと言うのではないでしょうか・・・・


なぜ口承などを持ち出したのか?

古代史研究者のバイブル「日本書紀」には口承と思われる記述

一書(あるふみ)というものが数多く残されて本文に添えられている

嘘をつくなら徹底して突き通すはずなのに、この一書の記述は不可解

なのである

私は本文に書き添えられた「一書」とは後世の人間が書き足した

各部族に伝わる口承ではなかったかと・・・

*機会が有ればその一書を紹介したいと思っています


「一子相伝」というものは、とても都合勝手が良いものでして

伝えた者と伝えられた者以外はその総てを知ることができない

日本の皇統にも「天皇祭祀」は一子相伝と言われていますが

「私が伝えられたのはこういう事でした」

などと聞かされても、事実かどうかなど知る由もありません

なんでも記録できる時代において、動作・作法ですら明文化できる時代ですが

そんな書き物が有るのかどうかすら知り得ません

私の暴論ですが一度途絶えた皇室祭祀について、明治政府は「天平御遺誡」

を基に祭祀の凡その部分を復活させたのではないかと考えています

天皇家から仏教を取り上げたからには、祭祀は欠かせない宗教行事だったと

思われます

あくまでも万世一系で二千数百年の祭祀王の家系は譲れない事だった

天皇=アラヒト神として、徳川の治世を否定するために・・・・

天皇が人だから人臣が天皇家や貴族を蔑ろにする

てんのうが神であれば、何人(なんびと)も不敬な振る舞いをすることは

許されないという形に持って行った

その為にも「伊勢神宮」が天皇家の祖神であることを強調したかった

それが明治天皇による初めての伊勢参拝だったと私は考えています。

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Posted on 2017/09/13 Wed. 23:08 [edit]

category: 歴史

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2017/09/15 00:40 | edit

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