爺のつぶやき  




私は私の知人・友人を公然とではなく、陰で悪口を言う人間が許せない性分です

言いたいことが有るなら公然と言えばよいのに、友人である私に悪口をこっそり

言うのは「卑怯極まりない」人間と判断します

私は言わないならけっして言わない、言うなら直接当人に言うのが信条です

ココだけの話・・・・が大嫌いで、その瞬間からその人間が嫌いになります

何もしていない人間の後ろから殴りつけるような・・・卑怯な人間と言う認識です

正々堂々と言うべきであり、嫌なら飲み込んで封印すべきだと思っています

へそ曲がりで偏屈な長屋の爺らしい・・といえるかもしれませんが(笑)
 






神社は生まれたときや七五三など命を大事にするお祝いをする場所じゃ無いですか。

改憲なんかして人の命を奪いたいのか?

そんなの神様がいる場所じゃ無いでしょ、神様がお懲りますよ。



とあるブログからの引用ですが・・・

このブログを読まれている方は耳にタコでしょうけど

神社とはお宮参りとか七五三のお祝いのためにあるわけではありません

神様がいるという表現も正鵠を射ているとは言えませんが、固い事は

言わないでおきます・・・(笑)


神社に対する認識は通常はこの程度なのかと落胆している爺です

神社本庁が傘下の神社に改憲賛成の署名を強要したとかしないとか

それで離脱する神社が増えていると言う話らしい・・・


神社本庁なんてものはたいして意味のない団体だと思いますけど

まるで上納金を吸い上げるような組織・団体は無くても構わない

私はそういう立場で考えています


全国の神社で得られる神宮大麻(天照大御神の札)の初穂料のうち

半分が神社本庁の収入とされ、残りの半分は伊勢神宮の収入となり

神社本庁は傘下の神社に対し、一定数の神宮大麻の頒布を求めており

規定数に達しない場合も傘下の神社は札を返さないことになっているそうです




新聞紙の押し紙みたいな強制制度には驚きますが、これが神社の現実です

ここできちんと考えなくてはならないのは、この神社本庁という組織ができた経緯

について国民は知らされていないことが多く、早い話が明治新政府の「策略」と

言えるかもしれません


明治新政府が搗いた「餅」を、GHQが料理し、神社本庁が食べている


神社の由来・伝承など個々の神社によって違いがあり、八幡様や稲荷伸など

天照大御神とは関連の無い神さまなど祀っていますが、どういうわけか

その祭神が異なる神社を「神社本庁」が統括しています

例えは悪いですが、ローマ法王庁が仏教やイスラム教、ユダヤ教やヒンズー教

神道を管理統括するようなもの・・・・

私にしてみれば、そういう形での捉え方をしています


神社神道は宗教という形式で「宗教法人」になっています

その頂点が伊勢神宮であるならば、皇室の「祖神」を祭ってある「神宮」

も宗教施設と言う認識になり、皇族の参拝は「国家的宗教行事」にも

なる可能性があり「政教分離」に抵触します

天皇の伊勢参拝は「私人による参拝」というならば、政治家や各大臣の靖国参拝も

なんら問題が無い事になります

これがGHQ憲法の不可思議で辻褄の合わない問題の一つですね・・・


日本の神道の家系の人間がキリスト教の学校に通う事を不問にする時点で

この国の皇室は神道の家系では無くなったことの証明になりかねません


(あくまでも長屋の爺の持論ですので異議・異論は遠慮します)



どうして? なぜ? には必ずといって良いほど【理由】があるものです

私もそう長く生きれそうにありませんので、本音の部分をもう少し

出していこうと思い始めました(笑)

それがブログの「超過疎化計画」です (そんな大それたことではないですけど)


生まれ持っての性格の歪みが、こういう物事の考え方をする爺を作った

素直に疑わずに生きている人が多い世の中で、私のような人間は異端児です


私は子供のころに「屁理屈を言うな」という言葉で育ちました

そんな私が考えたことは、「屁理屈」ではない「理論的な組み立て」をするには

どうしたら良いか・・・・

屁理屈と論理的思考は紙一重です

論破できなければ「屁理屈」、論破できれば「正論」という結論でした

(訪問販売や詐欺勧誘に屈しないのはこんな考え方からかもしれません)


私は他人前では寡黙な人間ですが、親しい友人とは「軽口」も叩きますし

駄洒落だって言います

世間一般の「下ネタ」にも参加しますし、昭和の思い出話も大好きです

基本的に人間が嫌いではないですし、どちらかというと人間が好きなほうです


でも・・・一人が好きで、きっと他人といると「疲れる」からかもしれませんが

私の場合他人と同じ空間にいると、自分というものを殺して存在します

親しい人間といるときだけ「裸の長屋の爺」として存在できるような気が

しているのも事実です


二重人格でもないですし、精神異常でもないと自分は思っていますけど・・・

かなり変人ではあります (これは間違いないですね)


日本の教育が嘘を教えていたり、間違いを訂正しないまま時を経たり

そういう事に大きな疑問を感じています

「曖昧」なことを容認する国風が今のお花畑日本人を作っていると

私は常に感じています

知れば目覚めることは可能ですし、知ることの大切さも実感できます


私の考えが正しいとか言うつもりはありませんが

こういう考え方・捉え方もあるのだという事を、これから発信していこうと

考えています。

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Posted on 2017/09/09 Sat. 21:41 [edit]

category: 私の思い

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