72年前を知らずして、どこの日本人ぞ  


一特攻隊員の歌   -出撃の日を待ちつつー


既にして征ける友等は、沸(たぎ)りたつ雄心駆りて、

みんなみの洋上遥か、いさぎよく散りてゆきけり。

友等今吾を待つらむ、諸手あげ吾を呼ぶらむ。

しかれども嗚呼この吾は、今猶(なお)に生きて残れるー。

されど吾さらにあせらず、いたづらに死をばはやらず、

ひたすらに生きを励まむー。

時正に全員特攻、つはもの等こぞり散りゆく。

されば今吾等が道は、死に方に非ず生き方にあり。

おほらかに正しく強く、死する迄道に励みて、

一たびぞ出撃せんか 必ずや仇艦沈め、吾を待つともに續かむ。

かくてこそまこともののふ、わが大和男子(おのこ)にぞあれ。



*筑波航空隊フィリピン特別攻撃要員として米護衛空母「マニラ・ベイ」に突入、

米兵15名戦死、負傷51名の戦果をあげた (海軍中尉 丸山 隆 書)


武士道=死 と勘違いしている方には、理解されないかもしれませんが

武士道とは【いかに生きるか】を追い求める道だと私は考えています

彼等がどうやって死んだかではなく、どう生きようとしたか・・・

何のために死んだのか?

私は彼等(英霊と称する人々)を過剰な賛美などで穢して欲しくはないのです

日本という国の為、愛する家族の未来のために生き、そして死んでいった

普通の若者たちだったのですから・・・・


現代人、とくに高齢者の中には「戦争」「特攻」「散華」「靖國」という言葉に

過剰な嫌悪を感じる人も多くいます

私は特攻で命を散らした方々を神聖化して賛美してほしいとは思わない

さらには彼らの行動を否定などせずに、亡くなった方に対し「慰霊」と

ともに、ささやかな【感謝】をしてほしいと願っています

いつまでも忘れないこと、事あるたびに思い出すことが次代を引き継いだ

我々がなすべきことだと思っています



国の為  散って甲斐ある  丈夫(ますらお)と

  為りてぞ生ける  験(しるし)ありける
 



* 昭和19年12月 フィリピン・セブ基地より出撃 米船団に特攻 散華 

(鈴木 孝一中尉 享年22歳)




母優しい母、女神の如き母、何処の世界に此の有難き母があらんや

此の御恩海底に沈まんとも又敵艦と共に砕けんとも忘れ得ず。

*遺言より一部抜粋*

* 昭和20年2月25日 敵戦闘機と交戦 散華

(政森 幸雄 海軍上飛曹 享年20歳 )



泣くな嘆くな必ず還る

桐の木箱に錦着て

逢いに来てくれ

九段坂


* 神風特別攻撃隊 第一筑波隊員 

昭和20年4月6日 沖縄米国船団に特攻 散華

(金井 正夫 海軍少尉 享年23歳 )

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Posted on 2017/08/29 Tue. 22:42 [edit]

category: 歴史

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