被差別民を考えてみる  (四)   


サテお立ち会い 

手前ここに取りい出したるは筑波山名物ガマの油、ガマと申しても

ただのガマとガマが違う、これより北、北は筑波山のふもとは、おんばこと

云う露草を食ろうて育った四六のガマ、四六五六はどこで見分ける

前足の指が四本、後足の指が六本合わせて四六のガマ、山中深く分け入って

捕いましたるこのガマを四面鏡ばりの箱に入れると、ガマは

己が姿の鏡に映るを見て驚き、タラーリタラーリと油汗を流す、

これをすきとり柳の小枝にて三七二十一日間、トローリトローリと

煮つめましたるがこのガマの油・・・・


私と同じ年代の方なら一度は聴いたことが有ると思います

ご存知 「ガマのアブラ」売りの口上ですね

日本刀を手には袴姿に襷掛け、鉢巻きを締め、手に半紙を持ち

一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚・・・・

あれは先端の部分だけが「刃」が付いていて、胴体部分は斬れない

構造になっていました

あの大道芸をする人を【香具師(やし)】と呼んでいました

香具師を「やし」と読むことなど考えられません


私の推測ですが、大道芸をしながら啖呵売(たんかばい)するひとは

【野巫薬師】 やぶくすし と呼ばれている人たちでした・・・

その や・ぶ・く・す・しの野と師をとって「やし」と

呼んだと推測しています (あくまでも私の暴論ですから)

このような生業の人も【雑種賤民】と言われています


歌舞伎などの芸能に携わる人も「かわら乞食」と称され、雑種賤民系に

位置していました

(これについては次回にでも詳しく・・・)


「乞食」を何と読みますか?

こ・じ・き と一般には読むことになっていますが

これは「乞食人」(ほかいびと)という被差別民の事です

その日暮らしをして生きる人、乞食という文字は「悪意」を

もって充てられた文字だと思っています

その日の食を乞う人 という侮蔑的な発想で充てられた文字だと

私は感じていて

ほかいびと に「食べ物を乞う」意味など見つけられません・・・


民間陰陽師の中にはドサ回りの「人形浄瑠璃」「歌舞伎」に

進んだ人々も多くいたといいいますから、民間陰陽師は

穢多・非人でもなく、一般人でもない「賤民」だったのです


私たちが現在、歌舞伎や人形浄瑠璃を楽しめるのは、民間陰陽師

がその方面に進出し、大きく花開いたからに違いありません



私の子供のころに、役者・俳優を「かわら乞食だから」という

古老の言葉を聞いた記憶が有ります


浪花節(なにわぶし)というのも、もとを糺せば「説経祭文(せっきょうさいもん)」

から転化したもので、万歳(まんざい)から祝言的要素が抜き取られ

コミカルな「掛け合い」に転化したのが現在の「漫才」です

どちらも昔は卑賎視(ひせんし)されていた物なのです


私たちが伝統的とか、歴史あるものと思っていることが、じつは悲哀に

曝されていたものも少なくありません


なにが「貴」なのか、なにが「賤」なのかは時代によって変わるのかも

しれませんが、日本人として平安貴族のように「見ないふり」では

日本を知る事にはなりません

華やかなことばかりに目を向けて、日本を知っている気になる事は避けたい

そんな思いで記事を書いています


ったからと言って「何かが変わる」ことはありませんが

知ることによって「自分は変われる」と思っております




安倍晴明は貴族や帝の個人的アドバイザーとして語り継がれていて

国家規模の重大事にはあまり関わっていません

国家規模の陰陽師というなら、奈良朝に活躍した陰陽師

【大津連大浦(おおつのむらじおおうら)】こそ官人陰陽師の

第一人者だとされています


安倍晴明と言う名も本当に「安倍氏」だったかは疑問が残ります

なぜなら、本流であろうと傍流であろうと安倍氏に繋がる人物なら

40歳になるまで天文学を学ぶ学生になれなかったのは不可解であり

28歳にして大舎人という下級役人だったことも解せません

彼が巷間で語られるような人物だったなら、前半生が不明というのも

理解できないのです

書きのこされなかったのではなく、書きようが無かった・・・・

安倍晴明とは出自や系譜を残せない境遇だったとみるべきであり

藤原北家とその一族のために活動し、破格の出世をした謎多き人物だった

という、私の安倍晴明に対する見方はこれからも変わりません



官人(宮廷)陰陽師は南北朝以降は次第に表舞台から消えてしまいます

室町期に入ると武士の台頭で王権や貴族の権威も廃れ(形骸化し)て

民間陰陽師の活躍が目立ってきます


その時流に乗って「晴明」という陰陽師の解釈が、「清明」として別物の

【清明物語】として語られたのがほんとうの処だと思っています


民間陰陽師と呼ばれる職業が嘗てあり、その陰陽師と呼ばれる人は

どうなったのか・・・

被差別民、雑種選民としての民間陰陽師とその仲間たちについて

次回も考えていきたいと思っています



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Posted on 2017/08/21 Mon. 21:20 [edit]

category: 歴史

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