万葉  


万葉・・・・

この言葉は誰もが知る【万葉集】でご存知だと思うが

私はなぜ「万葉集」だったのか長い間不思議に思っていた

当たり前と思えば「当たり前の事」であるが、どうして?と考えた人は

実際に居るのだろうか,、という疑問を感じる長屋の爺です



【万】 マン、バン よろず

元の文字は 【萬】 虫の形である

おそらくは「蠆(さそり)」の類だという

なぜ 蠆 が万になったのかは不明だが、甲骨文字では数字の

「万」として用いた例があるという

よって、数字の万、よろず、あまたとして使われる


【葉】 ヨウ ショウ は よ

元の文字は 【枼】 ヨウ である

枼 は木に新しい枝が三本伸びている形

その枝の上のものを「葉」といい、「木のは」の意味となり

木の端(は)にあるから「木の葉」ではないかと私は考える



では「万葉」とはどういう意味なのだろう?

ベタな解釈をすれば、「多くの言の葉」を集めたものだろうが

私は別の考え方をしている


万葉集については諸説あり、編者や成立時期なども定まっていない

持統天皇の時代から元明天皇を経て、元正天皇の時代に完成したと

言う説もあり、1~15巻で編まれ、さらに16~20巻が増補されたとされる

私はこの万葉集の姿こそ、日本書紀の姿を物語っているものは無いと

常々考えている

なぜなら、この万葉集も公になったのが平安中期であり、存在が公に

ならなかった日本書紀と似すぎていると感じている


共に持統天皇の時代から元正天皇の時代にかけ編纂されたと言う事実

それまでの「文献」「古文書」が存在しないという不思議・・・

「日本紀」でもなければ「日本記」でもない【日本書紀】

「万葉歌集」でもなく、「やまと歌集」でもない【万葉集】


ヤマトの最上位に位置する「天皇の歌」から、最底辺に生きる

名も無き低い身分の人々の声・・・

ヤマトの上端から下端までの声(歌)を集めたもの・・・

数多(あまた)の階層に生きる人々の歌を集めた歌集である


しかし・・・私は当初の万葉集は万葉と言う言葉とは無縁の歌集

ではなかったかと思っている

天皇を称賛、誇示するための「歌集」として編纂が開始されたが

編者が次々と変わり、権力者である天皇も変わり、編者の意向が

反映され始めて、次第に現在の歌集の姿に書き換えられた

私は暴論であるがそう思っている


だからこそ日の目を見ずに平安中期まで埋もれていたのではないだろうか


* アイヌ語で「ムン」は 草 「ハム」は 葉のことです

ムン(マン) ハム(ハ) とは 草葉のこと、この歌集の裏側に

名も無き人々(草葉)の生の声が刻まれているのかもしれません。


毎日朝早くから鳴く《セミ》ですが・・・

この「蝉(せみ)」という言葉も「音」が先にあったと思っています

セミ と言う呼び名が有って、木にしがみついて鳴く姿から 背・見 

そして・・・蝉 と言う文字になったのだと考えてます

万葉かなで「音」を文字に当てはめるときに、見た目から付けることは

容易に想像できます

逆に難読文字の多くは「音」を無視して、強引に文字を「あてがった」からだと

最近思うようになりました


万葉時代と言うのは学者が唱えているだけの曖昧な区分です

万葉集を基準にそう呼んでいるのでしょうが・・・


なぜか 【万葉】と聞くと心が穏やかになるのは不思議です

日本に現存する古代史料が少ない平安以前の時代の足跡

それゆえ「万葉集」の存在が日本人の心のよりどころになって

いるのかもしれません


謎や疑問が多く残る万葉集ですが、消された民族の足跡であることは

間違いないと長屋の爺は思っております。

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Posted on 2017/07/21 Fri. 21:35 [edit]

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2017/07/22 09:37 | edit

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