もしかして性格破綻者?  


私は少し前までは「ちょっと変わった人間」だと自覚していたが

どうやら相当「おかしな爺」であることに気づいてしまった


私は「無条件でのめり込む」ことができない癖(へき)がある

「思い込んだら命がけ」が理解でき無いのも一つなのだが

「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」が」大嫌いでもある

「盲目の愛」など端から否定しているし、そんな人間自体理解できない

歌も「その歌い手が唄う歌なら何でもよい」というのが解らないし

熱狂的になったことが一度もない・・・・


歌は歌わないが音楽は基本的に好きである

最近の念仏を唱えているような音楽はダメだが、浪曲から

民謡、演歌、唱歌、ジャズ、ポップス、ボサノバ、ロック何でも聴く

好みの曲は聴くけれど、特定の歌手に肩入れすることは無い


当然「ファン心理」が理解できない人間で、芸能人・歌手・役者に

熱を上げることも理解できないのである


では人間が嫌いなのかと言うと、そういう訳ではない

人とかかわることがあまり得意ではないが、「ひと」は基本的に好きである




皇室問題でも、いつもどこか冷めていて、天皇一家を拝む気持ち

にはなれないし、皇室・皇族に対し常に「なぜ?」「どうして?」という

目を向けている

「開かれた皇室」を自分の頭で意識してから、是々非々のまなざしで見つめて来た

当然ながら「秋篠宮家 万歳」、になることは無かったし、これからも無いだろう

何かを変える時、変わるときには必ず「理由(わけ)」があると思っている

伝統を変える時、伝統を変えることを許したとき、伝統を忘れた時・・・

かならず「見えないチカラ」と、「見せない思惑」が動いているときである


手品に例えるなら、演者の手先ばかり気にしていると、いとも簡単に

思惑に引きこまれてしまう



どうしてこのタイミングなのか?

どうしてこの機関・人物の手によって表面化されたのか?

スクープ記事が「おもて」に出るには必ず理由があると思っている

結果の先を観ても答えは隠れていない・・・


人間というのはアンバランスな生き物だと思っている

一流企業や官庁の管理職まで昇りながら、些細な事件(万引き・盗撮・痴漢)で

将来手にすべきすべて(年収・地位・家族)を失う人間がいたり

几帳面な人間が「適した道具」を使わずに、力で蓋をこじ開けようとしたり

一円安い商品を求め、「ガソリン代」をかけて隣町のスーパーに出かけたり

食費を削って「スマホの維持費」を捻出したり・・・・


その行動の前にどうして未来の図面が描けなかったのか・・・

エリートの未来予想図とはそれほど杜撰なものなのだろうか?


適した道具を用意するには「時間」をロスしてしまう

几帳面だが時間の損失は我慢できなかったのか?


商品の一円は「眼に見える」が、ガソリン代の一円は「眼に見えない」

眼のまえに写る物にだけ心を動かし生きているのだろう


人間は霞を食べて生きているのではない

安易に「食費」を削って生きるのも、優先順位に鈍感になっている?

自分が後悔しない人生を、他人がとやかく言っても「せんない」話であるが・・・


考えて正しい道を歩んでいる気持ちでも、見えないチカラに誘導されていることもある

正しいと思う道が「正解」だと言いきれないのも人生である

正論を言い続け「職を失う」ことだって当たり前のようにあるのも人生だ


人は生きることで、生きているだけで「他人を傷つけ」るものだという

自分が合格したその裏で、不合格になった人間がいる

自分が結婚した喜びの裏で、ひそかに悔し涙を流す人がいるかもしれない

自分が昇進した裏で、やけ酒を呑む同僚がいるかもしれない

そのようなことを意識することが、いかに意味が無い事なのか・・・

自分もまた・・・意識せずに知らないうちに傷ついている

それが現実である。


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Posted on 2017/05/26 Fri. 23:04 [edit]

category: 私の思い

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