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妄想ですが


日本人は古来から別れの時に【さようなら】と口にする

この由来の通説は、「左様なれば」の変とされる

私もこの通説にさしたる疑問も感じず、今に至っている


しかし・・冷静に考えてみればみるほど、後からこじつけた

理屈に感じてきてしまった(笑)


左様は然様とも書き、意味としては【そのよう】として使われている

「そのよう」とはそういう状態(様子)の事だろうと思う

であるならば、さようーなら とは・・・・

平城(奈良)のようだ・・・という意味だったのではないか?


平城京から新都・平安京に遷るとき、寺院や主だった建造物が消えて

住み暮らした地を去る人々が、寂びれた都を振り返り、「然様・奈良」と

口にしたと私は思っています


あくまでも根拠のない爺の妄想ですが・・・

奈良の都を後にする人々の心情からできた言葉だったのではないか


* 他所でこのような事を口にすると常識を疑われますので気を付けて

下さい(笑)


通説・定説と呼ばれる「既定の説」を大上段に振りかざし

「そんなことは特に決まっていたわけでは無い」

「本来そういう物なのである」

「何百年にもわたって知られた常識である」

観てきたような**を言う有識者が非常に多いのも事実でして

歴史に限らず、その世界の権威とか著名な学者の言う説に

異論を唱えることはタブーとされている


物差しを何処に置くかで判断も想像も変化するのであって

不都合には耳目を開かないのがその道の専門家だと

私はひそかに思っております(笑)



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