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2018 初詣 3  


熊野の2日目はあいにくの雨の予報だ・・・

それでも熊野に来て三社を回らないわけにはいかない

速玉大社・那智大社そして熊野本宮大社は三社を回って

気づくことが有るともいう・・・

熊野川に沿って168号をひたすら上る

途中で雨がパラパラ降ってきた

お約束の2日目は雨の法則通りだ(笑)


熊野の原生林は観るだけでも価値がある

川の流れが緑色だったのは驚きだった

川の色のイメージは「白」または「黒」だったが

きれいなエメラルド色だったことに感動しました

沼や湖が緑なのは何度となく観て来た長屋の爺だが

流れている川の水が緑とは想像できなかった

来てみて初めて知ることができる見本のようなものだろうか


私が以前から神道に「穢れ」や「不浄」が無い事に気付いたのは

この熊野本宮のおかげなのだ・・・

穢れや不浄、女人禁制というのはあくまでも【日本仏教】の考え方で

神仏習合が明確になった平安初期からではないかと思っている


和泉式部が熊野本宮大社へ詣でた時、あと3キロ少々で

たどり着こうという時に生理を迎えてしまい

晴れやらぬ 身の浮き雲の たなびきて

  月のさはりと なるぞ悲しき
 (和泉式部) 

と嘆いたと言われている

ところがその夜、式部の枕元に熊野権現が立ち

もろともに 塵にまじはる 神なれば

  月のさはりも 何か苦しき
 


ここは浄、不浄を嫌わぬ熊野だから、赤不浄など

気にせずお参りしなさい・・と言ったとか



どうしても現代の日本人は神仏習合の「神」「仏」の違いが

ハッキリと区別できないでいる

これも歴史上の為政者たちの意が強く反映されているからだが


話が反れてしまうが、ハンセン病という病気がある

いわゆる「ライ病」のことだが、平安時代にこの病気を

仏教では【天刑病(てんけいびょう)】と呼び、前世からの

罪の報いであると説いた歴史がある

その不治の病と忌み嫌われた彼らを暖かく受け入れたのが

熊野の人々だったとされる

その事から「小栗判官の逸話」が遺されたと思えるのだ

ことさら、人にやさしくあるべき仏教がこのような悲しい出来事の

要因を幾つも作ってきたことは否定しようがないと私は思います




話を戻します・・・

那智大社からすると比較的緩やかな階段を上り本宮へ

それでも二度ほど立ち止まるくらい石段はきつかった

参拝を済ませ、階段を下りる途中に「粥」の接待があった

ちょうど雨が強くなった時で、まよわずテントの中へ

テーブルの上に「梅干し」の器と「三方」が置いてあり

三方の上には粥を馳走になった方々の善意の寄進が乗っていた

私たちも粥を馳走になったが、この粥の味と言ったら

今までで一番と言えるほどだった

(私はお代わりしたいと本気で思ったが断念した)


飽食に慣らされた現代人、この何の変哲もない白粥がどんな

美食より勝っていることが、体に染み渡る感覚で実感した

当然ながら、気持ちだけの細やかな金額を三方に置いてきました


帰りは土砂降りという結末でしたが、近年にない正月を迎えられ

大変満足しております

皆さまに、本年も一つでも佳い事が訪れますよう願っております。



DSCN1442.jpg

     【 熊野 速玉大社 】


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     【 神倉神社 】


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      【 熊野 那智大社 】


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     【 御縣彦社 (みあがたひこしゃ) 】 *八咫烏神社


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     【 青岸渡寺 】


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     【 熊野那智大社別宮飛瀧神社 】


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     【 熊野本宮大社 】



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Posted on 2018/01/10 Wed. 22:54 [edit]

category: 旅の記録

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