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縁起  

深川八幡の事件で近隣の飲食店の予約がキャンセルされている

という記事を観た

その理由が「縁起が悪い」ので敬遠されたというものらしい

日本人の大多数は「仕方がない」と思う人が多いだろう・・・


私は、そもそも神社に対する意識こそが問題なのだと

思ってしまいます

本来神社に祀られている「祭神」は、なぜ祀られているのか?

そこに気づけば忌避する事など無いのだが、理解しろという方が

無理がありそうだ・・・

神社の敷地は「聖域」と感じる人も居るでしょう

どうして「聖域」なのかは、神社の生い立ちにあるからだと私は思っています



深川八幡は江戸期には広大な敷地があり、祭礼や芸能で賑わった場所

その場所で「自殺」「刃傷沙汰」「災害による死人」なども出たはずだ

だからと言って、江戸っ子が忌避したかというと、祭礼や催しは脈々と

現代まで続いているのが現実なのである


神社が願いを叶えてくれ、穢れの無い場所という現代人の意識が今回の

「縁起が悪い」という話しに繋がっているようだ

と言うか、そもそも「縁起」と言うのは神道の言葉ではない

これはご存じのように、「仏教語」です

神仏習合の名残で未だに「縁起が良い悪い」という言葉を使っているようだが

お寺で使うならまだしも、神社で使うには  如何なものか?


神社は祭神に対し乞い・縋る場所ではない

本来はその隣にあった「寺院」の仏に乞い・縋るものだったのだ


神はなぜ祀られたのか?

それは非業の死を遂げた魂の「鎮魂」だと私は思っている

権力者(為政者)たちは、利己の目的のため、多くの罪なき命を奪ってきた

その罪悪感から「志半ばで理不尽な死」を遂げた神は「長寿の神」に

悲恋の末、命を断たれた神は「縁結びの神」に、出産のときに悲しくも

命を落とした神は「安産の神」に・・・・

古代の人格神に対する「神祭り」は【鎮魂】が基本にあるのだから

神社において【死】は忌避するものではなかったと私は確信している


その「死」を忌避したのは、大陸から伝わった【仏教】にほかならない

だから深川八幡の事件が「縁起が悪い」と感じた人は、仏教徒であって

八幡の信仰者ではないという事だ・・・

産まれる前から「神さま」と神社のお世話になって(安産祈願)をし

産まれてからは(お宮参り)、(七五三参り)、(合格祈願)、(成人祝い)

さらには、(家内安全)、(厄除け)、(自動車の安全祈願)、(厄年の厄除け)、

(長寿祈願)など、日本人は生まれる前から死ぬ直前までお世話になっている

それなのに、口から出る言葉が【無神論者です】では、神さまも立つ瀬がないw




此処で「**をしてはいけない」「賽銭箱にお金を入れなさい」

神さまはそういう事を一度でも私たちに告げたのでしょうか?

そういうことを言い出したのは、後世の生臭い人間たちでしょう・・・


神さまとは何かをしてくれるものではありません

しかし何でも言う事は「聞いてくれます」

そして今、日本と言う国や私が生きているという事実が、私たちが暮らす

この場所に太古の昔から住んでいる神々のおかげであるという感謝の

気持ちで接することが大事なのではないかと思います

今の仏教が死ぬときにだけ必要とされている現実に疑問は残りますが

先祖に感謝し、八百万の神に感謝し、周りの人たちに感謝する気持ちが

当たり前のように、神社の拝殿で手を合わせることに繋がってゆくのだと思います



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Posted on 2017/12/21 Thu. 23:49 [edit]

category: 私の思い

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