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農水省とシナは同レベル


この地方には「八丁味噌」というブランドの味噌がある

赤だしと呼ばれる豆味噌で家康の時代から続く伝統食品だ

赤だし味噌汁の他、味噌煮込み、味噌かつなどで知られている


農水省が愛知県内の味噌業者が近代化された工場で製造

する「豆味噌」に対して八丁味噌ブランドを認可したという


ところが、厳密に言うと愛知県岡崎市八丁地区で製造された

事から、「八丁味噌」という名前なのであって、他所で

作られたのはたんなる赤味噌、豆味噌なのだが

本家の八丁地区の老舗企業は対象外にされて関係ない土地の企業が

ブランドの対象になっているそうだ


現在も岡崎市八丁地区では「カクキュー」「まるや」の二社の八丁味噌企業が

伝統的な製法を守って製造販売している

日本のブランドをシナが意匠登録許可するようなものだろう

見た目が同じだから中国産でも「八丁味噌」と認めるようなものだ


現実に農水省は本質など無視して書類審査だけで許認可し

「まるや」、「カクキュー」も申請してくれれば認可するとほざいている

こういう体質は霞ヶ関体質と呼ぶべきものだろう



机の上で、でっかい頭を本の少しだけ使って将来安泰な公務員に

守り続けてきた老舗の苦労や努力など評価する価値などないのだろう


遺すべき伝統と、変えるべき伝統があってしかるべき

豚に真珠

日本人的価値観の欠如した似非日本人が農水省には多いという

事かもしれないですね。


◎ 詳しくは 5.29付 sankei west を参照してください。




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名も無きものにあこがれて


私はおそらく人格者とは対極にあるクソ爺である

人格者にも偉人にもなれない、なりたくない人間だ

当然、勝者になどならなくてよいと思って生きて来た

勝てない人間は負けることを恐れない

勝つことを義務とも感じない

結果なんてどっちでもいい・・・・


私は勝利至上主義が反吐が出るくらい嫌いである

最近の児童たちに運動会の順位を付けないことが有ると聞く

その反面、成績は露骨に順位・格付けする

若者は歳を重ねるたびにスポーツは楽しむものではなく

勝つために行うものという洗脳教育を意図的に受けている

強い=偉い とおもっている子供たちは多い事だろう

強いの基準が歪んできている気がするのは私だけかもしれない


強い者だけが勝つのではない

勝ったものが強いのであり、勝った者だけが称賛される社会

どんな手段でも勝った者は評価される


土下座しても、涙を流しても、妻や子供を利用しても

選挙にさえ勝てば「先生」と呼ばれ、傲岸不遜な態度も当然になる

そんな人間が日本と言う国を動かしている


負けたら「ただの人」

勝てば官軍とはよく言ったものである(笑)


歴史も裏を返せば 勝者が積み上げた 勝者の歴史である

しかし、勝った人間ばかりで社会が構成されているわけでもなく

負けた人間の上に勝者が君臨しているのが現実社会である


偉人と呼ばれる人や天才・秀才と呼ばれる人が何人居ようとも

社会は平凡で負けてばかりの人間たちで動いているのである



宿泊に対する変化


昔の爺の旅行にはこだわりが幾つかあった


一つ、自宅の部屋より粗悪な宿には止まらない

 高い料金を支払って自宅以下の部屋で寝る意味が解らない


一つ、普段食せない物を提供してくれる料理自慢の宿

 グルメなんて縁がない爺だが、やはり普通でない特別なものを

食べたいという欲があった


一つ、窓の外の景色も宿泊代の一部である

 窓を開けたら隣の宿の壁だった・・・なんて真っ平ご免(笑)


しか~し

今の爺は部屋は清潔でさえあれば納得し、料理も豪勢なものを出されても

少食ゆえ食べ残すだけなので、バイキングか外食でOK

窓を開けてみる景色の好い宿より、景色の良い場所に近い宿であれば

気にしないようになった


そういうコンセプトで宿を選ぶと必然的にビジネスホテルになってしまう

観光地のど真ん中でなくとも、道路や交通機関が整備されていて

短時間で観光名所にアクセスできてしまう街中でもOKなのだ


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人間の価値観なんて日々変わるものかもしれない

判断基準は「総意」ではなく「私感」なのである

自分が納得・満足すれば、即ち【適正価格】であり

有意義・有益なのだと思います。

じつは・・・


黙っていようか、書いてしまおうか・・・・

今日まで悩みましたが (そんな大層な事?)


今年のGWのこと

突然に休日になって予定・予約をすべてキャンセルした爺

ふと思いついて、横浜に行こうと決めた

ところがホテルの予約状況を調べているときに友人からメール

結局、横浜ではなく金沢&永平寺に決まったのですが


私が良く訪れているブログ主さんが偶然にもお二方が

猫絵の展覧会?(催事?)を横浜で出品開催していたのです

これは必然か?

行かねばならない、こんな機会滅多にある物ではない・・・・


しか~し

結果は友人の連絡が先でして・・・・残念無念

次回にでも機会があればぜひ閲覧したいと思っております


ご本人にも何も告げておりませんが

長屋の爺は一歩だけ、足を横浜方面に向けたことだけは事実です(笑)



画才の全くない爺にとって、羨ましくもあり、知り得た運命を喜びとして

いつの日か、生の猫画を閲覧できる日が訪れますように・・・・


言い訳がましい長屋の爺の過ぎた日の話でした。

美味し国


私が子供の頃に食べた「コメ」と現在の「米」は大きく異なる

とにかく味が良い

白米がこんなに「白い」事を中学生になるまで気づかなかった爺

それほどまでに北海道のコメは難ありだったのである


米が美味しいと、おかずが一品少なくて済む

亡き母親の口癖だったのを思い出す


日本の主食・飯(めし)には【強飯(こわいい)】と【糄𥻨(ひめいい)】があり

強飯は甑(こしき)で蒸したもの

糄𥻨は柔らかく炊いたもの

* 米をたくことを カシグ といい、 の字を当てる

強飯は しろこわめし で、現代の 赤飯 は強飯に小豆を混ぜたもの

【おこは】は強飯の名残といえる

現代の飯は糄𥻨と思っても良いのでしょう


ひめいい を冷水に漬けて柔らかくしたものを「水飯(すいはん)」といい

平安時代では、水飯は夏の暑い時に食べるもので、太り過ぎを防ぐものとされた

ダイエット食だったわけですね

それに対し、熱い湯につけるのを「湯漬け」といいます

これは今でも「湯漬け」と呼んでいます



肉食

日本に仏教が入ってきて浸透するにしたがって「肉食」は禁止されて行きます

* 天武天皇四年(675年)に牛・馬・犬・猿・鶏の肉を食うことを禁ずる詔勅が出た


禁止されても食べたい・・・人間の心理ですが(笑)

家畜の肉を食べることは禁止されましたが

狩猟で捕るイノシシやシカなどは庶民だけでなく、貴族たちも

食べていました

それらの肉は薬用として広く食べられていて

その猟を薬猟(やくりょう)と呼び、この習慣は江戸時代まで続いた

とされています


「獣でなければ食べたって良いだろう」

と思ったかどうかは不明ですが、イノシシ=牡丹(ぼたん)

鹿=紅葉(もみじ)と呼んで食べていたようです

花札の紅葉の札に鹿の姿が描かれていますが

萩ではなく牡丹の札にイノシシが描かれるべきだったのでは・・・(笑)

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民泊の今昔


最近よく目にする「民泊」

民泊の歴史はとても面白い


宿に泊まるには【木賃(きちん)】というものを支払った

どうして宿代ではなく、木賃なのか?

昔は旅人は食糧を持参して、自炊するのが通常だった

木賃の由来は 【薪(まき)】の代金として支払ったことによるもので

江戸初期の相場は一人三文という (1611年 現在の75~80円)

その後、一人四文になったが、薪を持参すれば半額になったらしい

この辺りから、薪代と宿泊費が区別化されたと考えられる


宿というのは当初は専業化されていなく専門の宿は少なかった

(当然誰でも知っている宿場の形など、もっと後の話になる・・・)

なので農家が副業として旅人を泊めていた

今でいう 民泊だったのだ・・・・


やがて街道に宿場が整備されてくると、専業の宿屋が多くなり

幕府は農家の副業である 民泊 を禁止した(1715年)

早い話・・・理由は明白で、農家が自由に価格を定めていたことによる

【ぼったくり】が横行していたことと、専業の宿屋の

営業を妨害していたからというのが表の理由だ(笑)


宿泊客にすれば困難谷まる旅で、食事や薪の心配をする形式から

金を払えば宿で米が買え、自炊するのも楽になった

このような形態を 木賃米代宿泊 という

だがこの時はまだ 宿 という形なのである


私たちが目にする時代劇の宿は 【旅籠(はたご)】というもので

賄い(宿泊・食事・風呂)と呼ばれる、旅人にとって楽な形式に

次第に移っていくのである


流行は繰り返す

民泊を野放しにすれば、旅行者が酷い目に合う

海外旅行者の日本に対する印象が悪くなるかもしれない民泊

付け焼刃では「まつりごと」は行えない・・・


見た目が同じなら一緒

シナ人と同じ感性の役人や政治家が多いという事だろう(笑)

人柱が多く出なければ重い腰を上げない日本の行政・政治だ


忖度する暇があるなら、熟慮する道を選んでほしいものである

民泊には無関係な爺ですから、どうでも良い話なんですが(笑)

根幹


この世の中に不思議なことは多々ある

「人が寄る」という現象も理由があるはず

魅力的、安心感、刺激的等々・・・・・・


しかし、忘れてはいけないこともある

利 ある処には芥のごとく人が集まる事を

尻がムズムズするような甘言で擦り寄って来る人間に

碌な奴はいない


砂糖に集る蟻

生ごみに群がるカラス

傷ついた獲物に群がるハイエナ




当然ながら、実社会(自分の周り)でも

政治だろうと、教育界だろうと、経済界だろうと・・・


この世に「理屈抜き」はあっても、「利抜き」はほとんど無い

極端な考え方かもしれないが、沈んでゆく船に留まるのに「利」は

存在しないが、さっそうと水を切って進む船には「利」は存在する


人材不足の問題を追及していけばある事実に到達するのも

一流企業にだけしか就職意欲が無い若者を見ても、突き詰めて考えれば

その先に「利」が見えているからだろう


従業員数名で賞与も無く、何時倒産するかわからない町工場に

積極的に就職を希望する人間は稀有である


人材募集が頻繁にかかる企業は「問題(デメリット)」を抱えている

それが何であるかは「身内になる」ことでしか見えてこない


スポットライトの当たる部分と陰の部分・・・・


学校でも、「何かのスポーツの頂点を目指すなら**校へ行け」

それも一つの利である

その選択肢の先に「メリットとデメリット」が存在することを

努々(ゆめゆめ)忘れてはいけないと爺は思う


人は 理と利 によって行動する

無私 無欲な人間を巷間では【馬鹿】、【愚か者】【変人】と称する(笑)


どうして周りの人間が私を変わり者と呼ぶのか?

きっと理由があるのだろう・・・・



金沢城



念願だった金沢訪問

私にとって金沢=石垣(城壁)である

ところが同行した友人が興味なく

駆け足の金沢城観光となった




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今度はのんびりと電車で一人観光するつもり

金沢の市街も殆んど見られなかったので心残りだ

今回の観光はリハーサルということで

秋にでも計画しよう


由緒正しき家系


無い無いと 数え上げれば キリも無い

   我が人生は  無いモノばかり



欲しい欲しいと願ってみても、端から無いモノばかりで

欲しいものは際限なくある

あるのは欲ばかり・・・・それが我が人生(笑)


そんな爺も最近とみに 欲 が無くなってきた

あるがまま ある物が全て 無いモノはどうしたって無い

ようやくこの齢になって気づいた次第である


私の人生は振り返ってみれば我慢の人生だった

「無いのだから我慢するのが当然」の時代を知る人も少なくなってきた


自慢できるのは 私は 【由緒正しき貧乏一族の末裔】であることだけ

皇室にも負けない 由緒ある貧乏一族なのである

惜しい事に、幾度となく戦乱を経て来たので、証明する文書などは

残っていない事が弱点であるが・・・(笑)


寒い


夏のような日が続いたかと思えば

一転 厚手の長袖が欲しい日になった

心身共についていけない爺なのである


仕事上のトラブルは今に始まったわけでもないのだが


最近、近所の外国人の行動(生活騒音)に迷惑を被っている

警察事件にして国外退去してもらおうか

はたまた入国管理事務所に通報しようか

不動産管理会社も物件オーナーもあてにならず

目下のところ思案中である


日本語ができず、定職もない男の一人暮らし

賃貸物件の審査が通っているらしい

名義貸しなのか?

日本に定住するには厳しい条件資格が必要だろう


近所に暮らしている同国人たちはとても優良な

人間が多いのに、彼と集まってくる仲間がバカ揃いなのが

問題なのだ!



仕事が落ち着いたら、管理会社の担当を呼んで

白黒をつけようと思う


契約や賃料の為に目をつぶりたい心情も理解できるが

許容範囲を越えたり、社会生活に支障がでる問題は

放置してはいけないと私は思っている


日本に住むなら 

にほんの法律、規則を順守し

日本の常識(生活文化)に従うべきだと思う


それをきちんと伝えられない不動産管理会社も

能無しのクズということだし

我慢し続ける住人たちも??である


怒りの導火線に火がついているので

他の事にも簡単に怒りが込み上げてくる


本当にこの世は 生きるのが大変だ

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長屋の爺

Author:長屋の爺
玉は琢磨によりて器となる。
人は練磨によりて仁となる。
必ずみがくべし
すべからく練るべし。

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