2017年 夏 東京へ  


ブログ記事を書く前に私なりの考えを書いてみたいと思います


8月15日は日本人にとって忘れてはいけない日だと教えられました

その8月15日は【終戦記念日】と言われています

その事実を知ることも無く、当たり前の事、当然のことと思っている

日本人が殆どですが・・・

8月15日は昭和天皇が国民に向けて「戦争の終わり」を宣言された日です

ところが、その前日に戦争は形式上「終結」していました

なぜ、形式上なのか?

各地では天皇の宣言など関係なく、事実として戦闘状態だった戦場が無数に

存在していたからです

私の父親も15日以降の戦闘で足に「銃創」を受け、瀕死の状態での帰還でした

日本が悪い・悪かったと天皇が口にすることを知っていたなら、父だけでなく多くの

兵士が命がけの戦いをしたのか・・・知る術もないですけどね


さらに昭和天皇は「負けた」とも「日本が悪かった」とも一言も口にしていません

戦後の社会・共産主義にかぶれた連中の扇動によって、歪められた歴史事実と

言えるかもしれません

さらに、終戦を記念することがふさわしいのか私には疑問です

終戦を記念するのは「自称・戦勝国」と言われるものの立場からではないでしょうか

もし日本が世間で言うように負けたのなら「敗戦の日」というべきであり

戦争が終わったと自覚したのなら、「終戦の日」というべきです

終戦記念日というのが正しいなら、原爆の日も「原爆記念日」としなければなりません

この意味を私の屁理屈と思う人には理解できないかもしれませんけどね・・・

先の戦争は「大東亜戦争」であって、「第二次世界大戦」とは連合国の側から

みたものであり、その立場から名づけられたものです

日本人ならば、少なくとも先の戦争は【大東亜戦争】と言ってほしいです

つまらない事を長々と書いてしまいました



さて、日本の一番長い日の前日に東京へ出かけました

友人の誘いを断り切れず、ツアコン爺の珍道中の始まりです


まず、新幹線を手配する段になって、友人曰く「乗り換えが面倒」と

生意気な事をいうので、それじゃあ「こだま」にするか?と・・・


はい・・・後悔しました

二度と「こだま」なんぞには乗りたくありません(笑)

出張族でも「ひかり」「のぞみ」で移動する時代です

家族が多くて運賃を節約するならまだしも、老いぼれ爺の

移動になんで窮屈で騒がしい思いをして旅行するのか

意味が解らんと説諭してやりました

本人も帰りの新幹線で「次回からはひかり・のぞみのグリーンで」

と宗旨替えを約束しました(笑)


友人が浅草には何度も来てるが「神田」に行ったことが無いと

宣(のたま)ったので、それでは案内しましょうと・・・・

神田明神に直行、聖橋が工事中でしたが、いつもと変わらぬ人通り

境内も結構な参拝客が訪れていました

神田明神 2017



参拝後御朱印をもらい、友人がお土産を買い、付近を散歩しながら

次の目的地に・・

私も自分だけなら、目的地から目的地までわき目もふらず

移動するのが常ですが、初めての友人は小雨が降る中でも

物珍し気にきょろきょろと(笑)

日本の案内表示は「分かり難い」というのを実感する絶好の

機会でした

あれでは外国人は戸惑うばかりなのは納得です

もう少し配慮有る表示にするべきと、五輪をひかえた首都に

一言モノ申したい・・・そんな気分でした


そして、いよいよ友人の目的地のメイン【靖國神社】です

傘をさして歩かなければならなかった小雨の降る九段下

友人は二度目だそうだが、先回は他の人たちの言うがままの

慌ただしい旅だったそうで、遊就館が観れなかったと言います

「まぁ 慌てずに時間はたっぷりあるから」

と手水舎で清め、いざ参拝・・・


靖國参拝29・8・14


さすがに8月14日です

人 人 人の波・・・・大型観光バスで大勢の方たちが記念写真&参拝

バスの表示を見ると北海道や滋賀、愛知や島根、他にも数十台の観光バスが

駐車場を埋め尽くしていました

さすがにこの状況には驚かされました

参道近くには警備の警察官と拡声器の付いた黒塗りの車がチラホラ

山道横の食堂には一見して分かる「男たち」がたむろしていました

家に帰れば「好々爺」なのだろうな・・・なんて思ってみていました

長屋の爺が普通の爺だと自覚できる瞬間でした(笑)


さてお参りも済ませ彼の目的「遊就館(ゆうしゅうかん)」へ

遊就館は靖國の奉賛会会員は無料で入場拝観できます

一般の方は800円ですが、私は会員なので無料でした


遊就館2017

      一階入り口横に展示されている【零式艦上戦闘機52型】




館内は殆んどの場所が撮影禁止ですが、一階ロビーと大ホール

そして特別展だけは撮影可となっています

遊就館 展示1



遊就館 展示2

大ホールの展示物、硫黄島やサイパンなど多くの戦地で回収された

戦士たちの遺品や日常生活用具の数々・・・

写真で紹介できませんが、花嫁人形の展示されているコーナーでは

なみだする年配者が多く見られました

普段は若者と西洋人、中国人が殆どの遊就館ですが、この時期は

多くの高齢者や遺族の方々、さらには海外在住の遺族が訪れています

見るからに日本人なのに、言葉を聞けば英語で会話し、通訳を通して

質問されていました


靖國が自分にとって、どういう意味を持つかは人それぞれでしょう

私は無理強いする気など有りませんが、機会が有ればこの遊就館を

訪れてほしいと願っています

「人生に迷ったら知覧に行け」というタイトルの書籍が有りますが

私は 【人生に悩んだら 靖國・遊就館に行け】 と申し上げたい



永くなったので 続きは次回に

(つづく)



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Posted on 2017/08/16 Wed. 21:50 [edit]

category: 旅の記録

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被差別民を考えてみる (弐) 安倍晴明とは  


何だか今日は訪問者の数が多いような・・・・

と、いう事はあの法則だろうか?

本当に魅力がある方の影響力に脱帽します

でも、過疎ブログですからそれなりに・・・それなりに(笑)


明日から東京・靖國参りに行ってまいります

その報告は後日にでも・・・


さて、陰陽師・安倍晴明のことは日本人の多くが知っている

安倍晴明という名前は知っていても、どんな人物だったかは

意外と知られていない気もしますが

というより、知りたくても「知りようがない」というのが正しいかもしれない


安倍晴明は【摩訶不思議な術】を駆使して帝や公卿の御用達として働いた

有能な「陰陽師」だった

ときには「式神(しきがみ)」を使役して、様々な難問を解決した


残念ですが、そのようなことではなかったと言えます

現代の安倍晴明像は後世に大きく「盛られた」ヒーロー像なのです

第一・・・安倍晴明を「あべのせいめい」と読むのかも定かではありません


晴 とは、 日 + 靑 

 セイ ショウ あお あおい

靑には「澄み透る」の意味が有り、晴は「はれる、はれ」の意味となる


明 とは、 囧(ケイ) + 月

囧は「窓」のこと、窓から月明かりが入り込むことを「明」という

古代中国北部の地方では、半地下式住居が多く竪穴住居には

窓が一つしかなかった、其処から入る窓明かりを神の訪れと考え

窓のところに神を祀った

そこから神の事を【神明】と呼ぶようになったそうだ・・・

「天地神明に誓って」の「神明」とはこの意味である



安倍晴明といえば「信太の狐」でも有名だ・・・



なぜ晴明と狐が結びついたのだろう?

これにも被差別部落が関係している可能性がある

というのも、【葛の葉狐】というのは室町期に民衆の間で

流行した説教節(せっきょうぶし)のことなのである

説教節は声聞師(しょうもんじ)よって語られ様々な形に変化して行き

説経の者は、中世にあっては「ささら乞食」とも呼ばれた

そのような被差別民の上位に位置していたのが陰陽師だった


安倍晴明が天文博士から天文道を学ぶ学生になったのは40歳という

通常なら若い時からするものだが、何らかの事情があって

40歳まで許されなかったのか・・・・

彼は28歳の時に【大舎人】だったとされ、大舎人とは官位も八位以下

でかなりの下級役人と思われる(宮殿の雑用係・お供の者・宿直係)

親が四位・五位の子や孫から選ばれたらしいが、28歳で大舎人というのは

安倍晴明は出世とは無縁の人物だったのか、さらに40歳で天文得業生に

なったのには、何か大きな理由があったのだろうと・・・


私は安倍晴明は帰化人、若しくは帰化人の子孫だったと思っている

大陸や半島では道教が日本より進んでいただろうし、親が帰化人であったなら

天文・易学に精通とまで言わなくとも、素養があった可能性が高い

自らの立身出世を考えた時に陰陽師として、のし上がる道を選んだのかもしれない

40歳までの経歴や出自が不明なのも、中臣鎌足や大海人皇子と似通って

いると思うのは考え過ぎだろうか・・・・


安倍晴明の逸話にこんなものがある

*仁和寺の寛朝僧正のところで、同席した公卿達に陰陽道の技でカエルを

殺してみせるようにせがまれ、術を用いて手を触れずにカエルを真平らに潰した

《 術を用いて手を触れずに・・・とは奇怪なことが(笑) これは式神を使って

カエルを殺したと推測するが、術とは「ヒトで無いモノ」を使って、カエルを殺したもので

「ヒトで無いモノ」とは【穢れた者】【下賤なモノ】【目にするとケガレを連想する者】

つまりは「アンダーグラウンドに生きる者」のことだろう、穢れは見えないモノとした

当時の貴族の建前だと思える(口にすることすら穢れなのである)》



*晴明の家では式神を家事に使っており、人もいないのに勝手に門が開閉していた

《こんな当時から自動ドアがある訳が無い・・・目には見えないモノ、観てはいけない者が

扉を開け閉めしていただけである》


*晴明が幼少の頃、賀茂忠行の夜行に供をしている時、夜道に鬼の姿を見て忠行に

知らせた。忠行は晴明が優れた才能を持つことを悟り、陰陽道のすべてを教え込んだ

《この時すでに、晴明は親のチカラで被差別民を使っていたのではないか

そのアンダーグラウンドの者たちの情報や連絡で、様々な事を知る立場にあった

しかし、幼少とは間違いだろう、28歳の時に大舎人という最下級役人だったのだから

そんな鋭敏さが解っていれば40歳で天文得業生になったのは、不可解ではないだろうか


次回は安倍晴明がなぜ立身出世をしたのか? 

信太の狐の正体を考えてみたい。

(つづく)

Posted on 2017/08/13 Sun. 23:54 [edit]

category: 歴史

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突然・・・  


蒸し暑さに打ちのめされた今日一日・・・・

明日から夏休みです

計画を立てるのは明日にしようと、のんびりしていた矢先

友人からメール

「盆休みに靖國に行こう!」

おいおい・・・私は先月靖國に2日連続でお参りしてきたんですが・・・

そんな私の都合など聞き入れるわけもなく(笑)

本日ホテルの予約を入れ、明日朝一番で新幹線の切符を買いに行きます

地方の人間が東京に行くには、ある意味「勇気」が必要です

慣れない都会、大勢の人の波、交通機関の乗り継ぎの不安・・・

結局は水先案内人として、長屋の爺に白羽の矢が(笑)


ですが、昨年37年ぶりに上京した長屋の爺ですから、大きな戦力には

ならないと思っています

ホテルの手配、新幹線の手配、夕食&飲酒の手配、そして地下鉄案内人

今回はスワローズ観戦はできないですから・・・・

長屋の爺のテンションはボチボチ(いまいち)です(笑)


本当は家に籠って読書三昧しようと計画していたが、予定は未定で決定では

無かったのです

今回購入した書籍は

*もうひとつの「永遠の0」

*いつまでも、いつまでもお元気で

*人生に迷ったら知覧に行け

*ホタル帰る

*知覧からの手紙

*新編 知覧特別攻撃隊

*第二集 きけわだつみのこえ

「日本の一番長い日」に向けて、日本人として

今読まなければいけない書籍と思えるものを選んでみました


たしかに、核兵器などこの世から消える事を望みます

戦争や紛争などすべて終わってほしいと願いもします

しかし・・・核兵器が無くなる事も戦争や紛争が無くなる事は

永遠にありません

人間がこの世に存在する限り、「争い」や「侵略」は無くならないのです

人間が一ミリでも「前に」一センチでも「高く」進もうとする限りは

「摩擦」という諍(いさか)いが、絶えることは無い気がします

侵す者がいる限り、護る者が必ず出てきます


戦争を放棄しようと、核を放棄しようと、侵略者は途絶えないのです

戦争を放棄することとは、戦わないことを意味します

闘わないということは、奴隷になる事を意味します

奴隷になるという事は、坐して死を待つ事でもあります

無気力に死を待つ人間に「愛する者」は守れません

戦争反対 は希望であり目標です

核兵器廃絶は万人の願いですが、利権を手放す人間は居ません


核兵器は侵略者に対する「盾(たて)と矛(ほこ)」です

使わなくとも保有することで「抑止力」に成り得るからです

今の日本は「アメリカの核の傘」と言われるものに守られています

シナが本気で侵略してこないのも、そういう部分もあるのです

アメリカ軍が完全撤退すれば、ロシアやシナなどが侵略の触手を

本気で伸ばしてきます


例えば熊が襲ってきている状況で、愛する家族を前に武器なんていらない、

自分は熊と戦わないという人が居るでしょうか?

貴方なら どういう答えを出しますか・・・

その答えは自分の家族に向かって言うべきものなのです


自分は自信を持って、強盗が侵入しても「戦わない」

「武器になるようなものも持たない」と宣言できますか?

そのとき家族は自分の事をどう思うか・・・想像してください

この問題は数学ではないから、こたえは一つではありません


しかし・・・日本人として、常にその答えを胸に刻んでおいてほしいのです

日本人は愛する者を守るためなら、命をも投げ出せるはずなのです

いや、命を賭けて守るのが日本人なのだと思います。


Posted on 2017/08/10 Thu. 23:57 [edit]

category: 私の思い

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被差別民を考えてみる (壱)  


やぶ医者と聞くと「とんでもないへたくそな医師」を連想します

インチキではないけど名医ではない・・・下位ランクの医者でしょうか

この「やぶ医者」にまつわるのが【陰陽師】という説が有ります


陰陽師や山伏の中には、民間に伝わった伝統的な療法で貧しい人たちを

治療していた人も居たと言われています

つまりは、祈祷だけでは病は治らないことを、すでに理解していたことになります

そういうことから、【巫術(ぶじゅつ)】で治す彼らの事を 【野巫医者】と呼びました


さて・・・

日本にアニミズムが広く信仰されていたのはいつの時代までだと思います?

意外と知られていないようですが、聖武天皇が国分寺・国分尼寺を全国に

設置した頃は、未だ「自然神」を崇拝・信仰していたようです

たしかに仏教はそれ以前から日本に渡ってきていましたが、皇族や

貴族の間だけで一般庶民には当時は無縁の宗教だったからです


現代人が陰陽師を知ったのはいつ?

陰陽師が一般の日本人に広く認知されたのは、夢枕獏氏の「陰陽師」から

私はそう思っています

私の親世代の方に聞いても、「そんな話は聴いたことが無い」と言います

なぜなのか?

じつは明治初頭に禁止令が出され、布教活動や陰陽師を名乗る事が

禁止されたからです

明治新政府は宮中の陰陽寮を廃止し、全国の陰陽師を支配していた

土御門家も、「固陋(ころう)ニノミ流レ秘伝秘事ナドト相唱来リ恥ズベキ

次第ニ御座候」と、さっさと手を引いてしまったからです



だから、夢枕獏氏の「陰陽師」を見るまで、日本人は陰陽師など知らなかった

そういう事なのである


ある日突然脚光を浴びた「陰陽師」

その実情は複雑で野村萬斎氏のような「スッキリ」系ではないと思われます

陰陽師は宮中・陰陽寮に属する役人ですが、特殊な知識を以て仕えていた

しかし、陰陽師の位階は低く【従七位上】、陰陽博士でも【正七位下】まで

それを束ねる「頭」の土御門氏でも【従五位上】という身分だった

六位以下は貴族と思われない時代だから、「ヒト」扱いされていなかった?

通説のように貴族の周りで「易」をみたり、貴人の相談に乗ったりしていた割に

身分が異常に低い事が、大きな意味を持っている気がします


私は宮中陰陽師は貴人の「汚れ仕事」を担っていたと推測しています

しかも彼らは渡来人(半島系の帰化人)だった可能性があり

貴人の「穢れ」を「祓う」ために都合よく使われていたと私は考えます




穢れとは、死・産・血・糞尿などの排泄物です

その「汚穢(おえ)」は「穢気」となって空中を浮遊するとされ

汚染を食い止め、その汚染されたものを浄化するために

「清目(きよめ)」「祓(はらえ)」が必要となったのです


そこで陰陽師の役割が大きくなったと思われますが

私の推測では仏教が日本に入って来るときに、道教的な

考えが合わさって入ってきた可能性があるような・・・

* 道教は陰陽五行説や占星術や「易」を援用します

(これが陰陽師の特殊技能と言えるかもしれません)

* 古来の「卜占」「蠱術」や「鬼道」(シャーマニズム)を利用した

(日にち、時間、方角、道順などを占なったりした)

* 独自の護符(霊符)を多用して、ときに調伏も行った

(出入り口などを邪が入らないように封印をした)

* 錬丹術や錬金術を追求し、金丹などの薬物生成に長じる

いわゆる「不老不死の薬」と言われるもの

(民間陰陽師や修験者は「丹(水銀)」を求めて山に分け入った)

* 神秘的な「符」を用いて護身や鬼の使役ができると考えられた

(これが安倍晴明が式神を駆使したとされる根拠でしょう)


陰陽師になるには暦学や天体学など高度な学問を学んで

ようやく陰陽師になれるのだが、民間の陰陽師はどうして

そういう勉強をしなくて陰陽師になれたのか?


本来のシャーマンとされる人々は古代アニミズムを受け継いで

大自然の神々に祈る事で病気や悪霊、邪気を追い払う役目を

担っていたと想像できます

日本に古来から伝わるシャーマニズムには天体観測などの

知識ががすでに含まれていたのか、あるいは宮中の陰陽師

からはみ出した人物が広く陰陽道を広めた結果なのかは

定かではない・・・


明治になるまで陰陽師系の人々は平民では無かった

かと言って「穢多」「非人」でもなかった

いうなれば【雑種賎民】として位置づけられていた

農工商でも穢多・非人でもないが、差別あるいは区別されていたことは

間違いないと考えます

次回は陰陽師・安倍晴明の話でも・・・

(つづく)


* 雑種賎民系とは色々な「名称」で呼ばれていた

 宿(しゅく) 夙(しゅく) 烟亡(おんぼう) 寺中(じちゅう)

万歳(まんざい) 産所(さんじょ) 算所(さんじょ)

歴代(れきだい) など・・・・

宿・夙とは、猿楽能や万歳などの遊芸と除災招福の加持祈祷

をする集団の事

烟亡(おんぼう)は火葬・埋葬の世話をし墓守をする人のこと

歴代は土御門家の支配下にある陰陽師の事

Posted on 2017/08/09 Wed. 21:36 [edit]

category: 歴史

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被差別民を考えてみる (序)  


現代日本人の特徴はハッキリ言って「テレビ脳」だと思っている

一昔前になろうか、「チャングムの誓い」とかいう韓国ドラマがあった


しかし・・現実とは似ても似つかぬ状況だったことはご存知の通り

その当時の朝鮮には染料と呼べるものは中国製で高価であり

一般庶民には手の届かない代物だった

なので、衣服は生成りの白色が殆どだった・・・・

文字も漢字が主体で一部の支配層の人間だけのモノだった

字も書けず文明に弾かれた民衆は「恨み」「妬み」「僻み」の中で

「無気力な暮らし」を続けていた

朝鮮では1割程度の支配層の【両班(やんばん)】と多くの平民

そして白丁(ぺくちょん)と呼ばれる被差別民に分かれていたが

現在の韓国人に聞くとそのほとんどが「自分は両班の末裔」というそうだ(笑)

李氏朝鮮崩壊の時に1割弱だった両班は数千万人になっている現実

両班の繁殖率が異常なのか・・・

韓国人が嘘つきなのかは定かではない・・・・


さて、次の話題だが

夢枕獏氏の小説「陰陽師」を読んだ方もいるでしょう

これを読んで「陰陽師」に対するイメージ、晴明像を確立した方も

多かったのではないかと思います

さらに野村萬斎氏の映画「陰陽師」を見た方もいることと思います

今話題の今井絵理子氏も出演していましたね(笑)

ここで断っておきますが・・・

陰陽師は魔術師でもなければ、超能力者でも無かったことを

知ってほしいのです

言うまでもなく、あれは面白おかしくするためのフイクション・脚色です

夢を見るのは自由ですが、現実を知ってから夢を見てほしい

大きなお世話かもしれませんが、陰陽師とは何者だったのか?

これを書きだすととんでもない長さになります(笑)

日本の古代アニミズムや古代天皇史を考えるうえで避けて通れないのが

「貴」と「賤(せん)」の問題であり、「穢れ」と「忌み」の問題です

被差別民を考えることは天皇史を考える事

被差別民を考えることは日本の古代政治を考える事

被差別民を考えることは今の日本を考える事

私はそう考えています


次回からは不定期ながら、被差別民、虐げられた民、消された民

名も無き底辺に生きた人々を「浅く・広く」考えていこうと思います

その最初に考えてみたいことが「陰陽師」と呼ばれた被差別民の事

え?陰陽師って被差別民だったの?

そう思った人はちょっぴりと学んでください 

たいして人生や現実社会に意味があるのかどうかは別として・・・・

長屋の爺の人生を斜めから、別角度から色眼鏡で見る歴史観に

お付き合い願えればと思っています

(乞うご期待)

Posted on 2017/08/07 Mon. 22:10 [edit]

category: 歴史

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歴史の流れと故郷  





日本人で「我が家は武家の末裔」であると明言する人も多い

日本の武士とその家族は人口の一割弱とも言われる

幕末の人口が推定3000万人だそうだから

200~300万人程度だろう


さて・・・ここからが問題

その多くの武士と家族はどうなったか?

今まで仕えていた領主が失業したのだ、当然武士も家族も

生きてゆく糧が必要となる

しかし、武士とは刀を腰に差し、農民から搾取する生活をしてきた

そんな武士階級の人間が自分で「食い扶持」を確保するのは

ほとんど不可能に近かったと思っている

その中で、薩長土肥の官軍に属する「元武士」の中でも

一握りの恵まれた元武士などは官職などに就いたようだが

賊軍と言われた旧幕府の元武士たちは、官職にもつけず

その日暮らしを強いられたのではないだろうか・・・・

売れるものなら何でも売って、日々を食いつないだ人も居ただろう


そんな時代、刀を鍬(くわ)に持ち替えて土と闘った人が居た

屯田兵と言われる人たちや開拓移民と呼ばれる人たちだ

新政府軍に加担した武士の中でも、倒幕に積極的だった人も居れば

旧幕府に同情的だった人も居た

世渡りの上手な元武士も居たかもしれない

反面、長屋の爺のような「世渡り下手」もいただろう(笑)


そういう人たちが新たな生活を求めたのが蝦夷地(北海道)

という土地だった

大多数は東北各地の旧家に仕えた武士と家族たちだったが

近畿や山陰などの土地からも入植した

なぜ積極的に未開の土地に移り住んだのか?

その理由は新政府による次のような方針が決まったからなのだ

* 1869年に制定された「移民扶助規則」では、移住した農民に

家屋・家具・農具・種子などを支給し、3年間の食料扶助を給与する

ことが定められていた。

職も住居も失い途方に暮れていた元武士には一縷の望みをかけるしか

生きる術はなかったのかもしれない


* 宮城県より亘理伊達氏(仙台藩の分家)が集団移住をしてできた町が

北海道伊達市

* 奈良県吉野郡十津川村で十津川大水害が発生し政府と県の手厚い保護のもと

1890年にトック原野(徳富川流域)に移住したのが、北海道樺戸郡新十津川町

* 仙台藩白石領から藩士の一部が入植したのが、北海道札幌市白石区

* 明治17~18年、釧路村を分割してつくった村に鳥取県から北海道へ

戸数105戸513人が移住したのが現在釧路市に編入された「鳥取村」です

また、足寄(あしょろ)郡足寄町に「鳥取」という地名があります


北海道民が反権力・反政府的な政治志向が強いのもこういう理由があるのかも

しれません (あくまでも憶測ですが 笑)


私の母の実家が鳥取藩士で旧家には刀・槍・鎧一式・薙刀・長持など

があったと母や親族から聞かされました

父方は秋田からの入植で下級武士の出自だと言います

とうぜん我が家では先祖の話になると、母の独壇場でした(笑)


武士の家系も色々あって、戦災で跡形もなくなった今は証明する

事などできなくなりましたが・・

とにかく出自などどうにでも 騙る(かたる) ことができますが

どう生まれたかではなく、どう生きているかが大事なのだと・・・・

わたしは思っています


出自を騙ってもすぐに「身バレ」するのを、日本ではこう表現します

【 お里が知れる 】

モノノフのDNAを受け継いでいるなら、相応の生き方をするはず

私は常に「恥じない」ことを肝に銘じています


幼いころから親に、こう言われ続けてきましたから・・・

「恥を知れ」 「我が家の顔に泥を塗るな」 「男の自覚を持て」

「それでも 男なのか」


いまではナンセンスでしょうけど・・・

昭和の「モノノフの末裔」はこうして育ってきたのです。

Posted on 2017/08/07 Mon. 08:06 [edit]

category: 歴史

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一連の騒動について  


ネットというのは「諸刃の剣」だとつくづく感じる昨今ですが

少なからず心を痛めている方も多い事と思います


私の処にも些少ですが「鍵コメント」が舞い込んできております

もちろん被害に遭われている方を案じての事ですが・・・・


・・・という事で、長屋の爺もちょっと動いてみました

最初に断っておきますが、goo事務局は個人に対して「回答」はしないですから

報告したからといって目に見える処置(結果)が実感できないかもしれません

きちんと整備されているようですが、元来「親方日の丸体質」であり

利用規約はあっても運営管理者は安全地帯に止まったままというのが現実です

ですから私たちが「違反」と思っても、管理者がどう判断するかは不明です


私は本日、再度会員チャットにて抗議いたしました

対岸の火事のような応対でしたが・・・

もし、あのブログの内容が「gooブログ利用規約11条」に違反していないとなると

何を書いてもgooブログはOKだという事になりますから、ほとんど2チャンネルの

掲示板とおっつかっつのサイトという事です

これでもブログ管理者であるgooが断固たる対処をしなければ

更なる手段でサイト管理者の自覚を促すことも考えています。

なので、もう少し静観します。



goo ブログサービス利用規約 (抜粋)


第5条 (会員資格の取消)

当社は、会員が以下の事由に該当した場合、会員資格を取消すことがあります。

(1)会員情報に虚偽があることが判明した場合

(2)gooID及びパスワードを不正に使用した場合

(3)本サービス(本サービスにおいて提供される情報を含みます)を不正に

使用した場合又は過去に不正に使用していたことが判明した場合

(4)過去に本規約第11条第2項又は第14条に基づき会員資格を取消された会員と

同一の会員であると当社が判断した場合

(5)gooID及びパスワードを使用して利用できる当社の他のサービスにおいて、

利用資格を取消された場合

(6)本規約に反する行為があった場合

(7)その他、当社が、本サービスの利用について不適当と判断する場合





第8条 (自己責任の原則)

1.会員は、自己の費用と責任において本サービスを利用するものとします。



3.会員が自身のブログ情報又は公開情報について、他の会員又は第三者から問い合わせ、

要望、クレームもしくは請求(以下、総称して「問い合わせ等」といいます)がなされた場合、会員は

、当該問い合わせ等に対して一切の責任を負うものとし、当社を免責するものとします。


4.当社は、他の会員又は第三者からブログ情報又は公開情報に関して問い合わせ等があった場合、

当該ブログ情報を投稿又は当該公開情報を登録した会員の承諾を得ることなく、会員情報に含まれる

電子メールアドレスを、当該問い合わせ等を為した他の会員又は第三者に開示することができるものとし、

会員は、これに異議なく同意するものとします。会員は、自己の費用と責任において当該問い合わせ等に

対応するものとし、当社を免責するものとします



5.会員は、本サービスの利用に際して他の会員又は第三者に対して損害を与えたときは、自己の責任と

費用において当該損害を賠償するものとし、かつ当社を免責するものとします。



6.会員は、本サービスの利用に際して当社に対して損害を与えたときは、自己の責任と費用において

当該損害を賠償するものとします。



10.当社は、本サービスを提供するためにインターネットを使用します。したがって、会員は、

本規約のほか、インターネット上において一般的に遵守されている規則、方針、手順等に

従うものとします。

会員は、スパミング等その他、他人に迷惑をかけることを目的として本サービスを

使用しないものとします



11.当社は、ブログ情報に関して、会員と他の会員又は第三者との間で生じた著作権・商標権等の

知的財産権、名誉・信用・プライバシー等の人格的権利その他一切の権利の侵害等にかかる

問い合わせ等について一切関知しないものとし、会員は、自己の費用と責任で当該問い合わせ等を

解決するものとします。



第11条 (禁止事項)

1.会員は、本サービスを利用するにあたり、以下に該当し又はその恐れがある行為を行ってはなりません。

(1)公序良俗に反する行為

公序良俗に反する場合とは以下の行為が含まれますが、これらに限定されません。

①わいせつ、暴力的及びグロテスクなイメージ・表現の掲載

②違法薬物の使用等を美化・誘発・助長する恐れのある表現、及び違法薬物に関する情報の掲載

③上記表現を含むサイト、猥褻な行為を目的とした出会い系サイト、年齢制限を有するサイトに誘導する

情報の投稿(単にリンクを張る行為を含む。)

④その他、社会通念上公序良俗に反すると解釈される、又はその恐れのある表現の掲載

(2)犯罪的行為を助長し、又はその実行を暗示する行為

(3)他の会員又は第三者の知的財産権(著作権・意匠権・特許権・実用新案権・商標権・ノウハウが

含まれますがこれらに限定されません)を侵害する行為

(4)他の会員又は第三者の財産、信用、名誉、プライバシー、肖像権、パブリシティ権を侵害する行為

(5)法令に反する場合、又は法令に反する行為へ勧誘する行為

(6)他の会員又は第三者に不利益を与える行為

(7)他の会員又は第三者に対する誹謗中傷、脅迫、嫌がらせを行う行為

(8)他の会員又は第三者を差別又は差別を助長する行為

(9)自殺、自傷行為、虐待等を誘発・助長する恐れがあると判断される行為

(10)自分以外の者を名乗ったり、代理権などがないにも拘わらず法人を

名乗ったり当該法人と提携・協力関係にあると偽る行為


(11)公職選挙法に抵触する行為

(12)専ら自己又は第三者の営業に関する宣伝を目的として本サービスを利用する行為

(13)コンピュータウィルスなどの有害なプログラムを、本サービスを通じて又は関連して使用し、
もしくは提供する行為

(14)未成年者に対し悪影響があると判断される行為


(19)故意で虚偽のブログ情報を投稿する行為

(20)検索エンジンの表示結果における順位の操作を目的とする以下の行為

(以下「スパム投稿」といいます)


(22)本規約に違反する行為

(23)その他、当社が不適当と判断する行為

2.>当社は、ブログ情報が前項各号のいずれかに該当すると判断するときは、

該当のブログ情報が投稿された会員ページを公開している会員の承諾を得ることなく、

かつその理由を会員に説明することなく、ブログ情報を変更・非表示・削除等の処置が

できるものとします。

この場合、当社は、当該ブログ情報を投稿した会員の会員資格を失効させることができるものとします。


Posted on 2017/08/05 Sat. 14:44 [edit]

category: 私の思い

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恒例の夏休暇  


今年も不規則ながら夏の大型休暇がやって来る

一月と八月は仕事が少なく、不確定だが連休が多くなる

通常なら何処かへ行こうかと考えるのだが、雑踏が苦手な爺

エアコンの効いた部屋で読書三昧が楽しい・・


少し書籍が減って一安心したのだが、気が付けば・・・・

処分した以上の書籍を購入していた(笑)

今年は「大東亜戦争」関連を中心に、被差別問題の書籍や

仏教(禅宗)関係、万葉集関連など、少々偏った書籍を購入してある

* 箸休めならぬ「読書の頭休め」に 慶次郎縁側日記 を

17巻ほど用意した


本日から「七夕まつり」や「花火」など、近隣はイベントだらけだ

カメラを片手に「夕涼み」と思ったが、人の波を想像しただけで

頭が痛くなってしまった


ビールを片手に読書、時々転寝(昼寝)など贅沢な時間を過ごしたい

台風も上陸しそうだとか・・・



天人相関の猛威は止まるところを知らない

日の本にこれ以上災難が降りかからないことを祈りたいものです。



         みこ 29・7


Posted on 2017/08/04 Fri. 21:14 [edit]

category: 書籍

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夏真っ盛り  


ただでさえ暑いのに、暑苦しい話題が多いのには辟易するが

気分を変えて我が道を行くことにした


もうすぐ高校野球が始まる

私は故郷を幾つも持っているため(謎)

何処の高校を応援したらよいか、毎年のように悩む

心情的には 北北海道代表 市立滝川西高校 を応援したい

私が住んでいたころは 滝川商業高校 だった

勝手ながら、準地元ということで健闘を祈りたい(笑)



【夏】  カ ゲ  なつ

舞楽用の冠をつけ、両袖を振り、足を前にあげて舞う人の姿

夏といえば「夏祭り」、夏祭りと言えば「踊り」

夏は太古の昔から 舞い踊る ことが日常だったのか?

夏と聞けば浴衣に袖を通し、団扇を片手にひと踊り・・・・

盆踊りにも理由(わけ)があったのかと納得する長屋の爺です


【充】  ジュウ  あてる みちる

肥満した人の形

肥えている人は体力・気力が充溢(じゅういつ)しているとされ

満ち足りることの意味に用いる

枯れ木のような細い体に 生命力が感じられないのは、そういう理由だろう

今にも折れそうな華奢(きゃしゃ)な体を見て、内側からのエネルギーを

感じないのも頷ける、昔の美人とは肉付きの良い「肥えた女性」だとされる

遺跡の壁画の美人画も・・・そういえば、ふくよか だった気がします



【騒】 ソウ  さわぐ

もとの文字は 【騷】 音は 蚤 (そう) ノミのことである

ノミに噛まれて馬が騒ぐので 騷 という

ちなみに、ノミに噛まれて、手でかくことを 【掻】 と書き、「掻く」と使う

しかし、常用漢字では 蚤 ではないので騒ぐの意味はないとされる

ノミ程度の人間に噛まれただけとは言いながら、騒ぐのは仕方がない?



【禅】 ゼン  ゆずる

もとの文字は   セン・ゼン ゆずる

音は  タン・ゼン ひとえ

「天を祭るなり」といわれ

土を盛って  とし 地を割って  とすという

天子が祭壇である 墠 を設けて天地を祭ること(封禅の礼)

天子がその位を自分の子供などに世襲させず、徳のある者に譲る

禅譲(ぜんじょう)のときに行うのが封禅の礼である


ちなみに禅宗の「禅」は、禅那 の略 

静坐黙念 の意味から、禅那と名づけられたと思われる



Posted on 2017/08/02 Wed. 22:50 [edit]

category: 文字・漢字

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