日本男児の矜持  


静観しようかとも思ったがあまりの卑劣さに

一言書いておきたくなった(笑)


日本人は二種類の人間が存在する

日本国籍を有するもの・・・(公的に日本人として認められている)

日本国籍を有し、尚且つ日本人の矜持を持つ日本男児・大和撫子


日本男児の矜持とは何か?

日本男児たるもの婦女子に乱暴狼藉を働かない事が原則である

妻や家族、友人知人の婦女子に手をあげる行為をする者は

日本男児などではないと断言する

もしそのような行為をする者がいれば、間違いなく半島人か大陸人である


言葉の暴力と言われるが、まさに彼の言い分は【暴力】そのものである


この世の中は「肯定するもの」「否定するもの」に大別できる

自分の気に染まぬからと言って「誹謗中傷」するなど

似非日本人としか思えない・・・


今回の【勝手に騒ぐ愚か者】は本当に日本人なのか?

まるで駄々をこねて悪態をつく小学生か、半島人の

火病の発作のごとき醜態である


学校では優秀だったかもしれないが、他人を見下した論調や

罵詈雑言の数々は観ていて悪寒を感じてしまう


寛容さの欠片もなく、半島人のように矢継ぎ早に相手を誹謗し

その論理に全く整合性も無く、勝手な思い込みというか半島人の虚言

を感じさせる文字が並んでいる

その醜くおぞましい文字の羅列に共感する人も多いとか・・・

お花畑日本人なのか、半島の同胞なのか(笑)


私は今回の騒動を観て、ある事と共通しているのでは?と思っている

無差別殺傷事件の犯人にダブッて見えるのは私だけだろう・・・

彼等は決まって「誰でも良かった」という台詞を吐く

しかし・・・言葉とは裏腹にきまって「弱い婦女子や老人子供」をターゲットにする

つまりは体育会系の「猛者」や「裏社会の人間」には向かっていかない小心者・・・

一般的に言うところの「ヘタレ」だからだ


日本のブログで今回のターゲットになった方々以上に、過激な

記事を書き続ける人は沢山いそうなのに、どうして今回の方々が餌食に

なったのかは疑問であるが、反撃されなさそうで人気ブログの主に

白羽の矢を立てたのかもしれない


私の私感だが、F氏のブログの閲覧数が一日どれくらいかは不明だが

カナダの主のブログは一日数千から万越えもある人気ブログである

自分が一番の自尊心の強い人にとって、看過できないブログなのかもしれない

まして・・・人気ブログ主同士が現実にあったと聞けば、火病を起こしても

不思議ではない(笑)


ストーカーのような雰囲気も有り、火病のような様子も見られ

とても理念を持った「モノノフ」とは感じられない

F氏とD氏は論理の組み立て方、文章の表現の特徴から同一人物の

可能性もある

D氏は実在なのかと考えてみたら、ロム専とは思えないし、F氏を通さずに

自分でブログを開設して記事にしたほうが・・・・

大きなお世話と言われそうだが(笑)


最後にこれだけは書いておきたい・・・・・

カナダの親父さま、そしてジュゴンさんは誹謗中傷されているような方々ではない

実際にお会いした私は八百万の神に誓って、そう断言します!
 



* 私のような過疎ブログには噛みついてこないでしょうけど・・・

失うものが無い老い先短い爺には、恫喝も嫌がらせも効き目が無いです

私はあちらと違って先祖代々「武士(もののふ)」の家系であり

おまけの人生、失うものも悔いも恐怖も一切無いです 念のため。
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Posted on 2017/07/23 Sun. 22:05 [edit]

category: 私の思い

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万葉  


万葉・・・・

この言葉は誰もが知る【万葉集】でご存知だと思うが

私はなぜ「万葉集」だったのか長い間不思議に思っていた

当たり前と思えば「当たり前の事」であるが、どうして?と考えた人は

実際に居るのだろうか,、という疑問を感じる長屋の爺です



【万】 マン、バン よろず

元の文字は 【萬】 虫の形である

おそらくは「蠆(さそり)」の類だという

なぜ 蠆 が万になったのかは不明だが、甲骨文字では数字の

「万」として用いた例があるという

よって、数字の万、よろず、あまたとして使われる


【葉】 ヨウ ショウ は よ

元の文字は 【枼】 ヨウ である

枼 は木に新しい枝が三本伸びている形

その枝の上のものを「葉」といい、「木のは」の意味となり

木の端(は)にあるから「木の葉」ではないかと私は考える



では「万葉」とはどういう意味なのだろう?

ベタな解釈をすれば、「多くの言の葉」を集めたものだろうが

私は別の考え方をしている


万葉集については諸説あり、編者や成立時期なども定まっていない

持統天皇の時代から元明天皇を経て、元正天皇の時代に完成したと

言う説もあり、1~15巻で編まれ、さらに16~20巻が増補されたとされる

私はこの万葉集の姿こそ、日本書紀の姿を物語っているものは無いと

常々考えている

なぜなら、この万葉集も公になったのが平安中期であり、存在が公に

ならなかった日本書紀と似すぎていると感じている


共に持統天皇の時代から元正天皇の時代にかけ編纂されたと言う事実

それまでの「文献」「古文書」が存在しないという不思議・・・

「日本紀」でもなければ「日本記」でもない【日本書紀】

「万葉歌集」でもなく、「やまと歌集」でもない【万葉集】


ヤマトの最上位に位置する「天皇の歌」から、最底辺に生きる

名も無き低い身分の人々の声・・・

ヤマトの上端から下端までの声(歌)を集めたもの・・・

数多(あまた)の階層に生きる人々の歌を集めた歌集である


しかし・・・私は当初の万葉集は万葉と言う言葉とは無縁の歌集

ではなかったかと思っている

天皇を称賛、誇示するための「歌集」として編纂が開始されたが

編者が次々と変わり、権力者である天皇も変わり、編者の意向が

反映され始めて、次第に現在の歌集の姿に書き換えられた

私は暴論であるがそう思っている


だからこそ日の目を見ずに平安中期まで埋もれていたのではないだろうか


* アイヌ語で「ムン」は 草 「ハム」は 葉のことです

ムン(マン) ハム(ハ) とは 草葉のこと、この歌集の裏側に

名も無き人々(草葉)の生の声が刻まれているのかもしれません。


毎日朝早くから鳴く《セミ》ですが・・・

この「蝉(せみ)」という言葉も「音」が先にあったと思っています

セミ と言う呼び名が有って、木にしがみついて鳴く姿から 背・見 

そして・・・蝉 と言う文字になったのだと考えてます

万葉かなで「音」を文字に当てはめるときに、見た目から付けることは

容易に想像できます

逆に難読文字の多くは「音」を無視して、強引に文字を「あてがった」からだと

最近思うようになりました


万葉時代と言うのは学者が唱えているだけの曖昧な区分です

万葉集を基準にそう呼んでいるのでしょうが・・・


なぜか 【万葉】と聞くと心が穏やかになるのは不思議です

日本に現存する古代史料が少ない平安以前の時代の足跡

それゆえ「万葉集」の存在が日本人の心のよりどころになって

いるのかもしれません


謎や疑問が多く残る万葉集ですが、消された民族の足跡であることは

間違いないと長屋の爺は思っております。

Posted on 2017/07/21 Fri. 21:35 [edit]

category: 文字・漢字

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コメント欄の功罪  

この記事はタブレットで書いております

誤字脱字、意味不明の記述がありましたら御容赦ください

(何せ老眼の爺の書くブログですから)


私のブログがどうしてお祭り騒ぎに成らないのか?

答えは簡単です

閲覧者が眼にして不快に思ったり、強烈な思考のコメンテーターの書く

コメントが、承認するに相応しいかどうか、そんな判断をしなければならない

ようなコメントは承認しないからです


(そういったコメントは長屋の爺の基準で

判断しているため、他の閲覧者が関われないように心掛けています)


承認するべきか否かはブログ主の判断です

実際の長屋の爺をご存知のかたは分かってくださいますが...

生来の 小心者 ですから、危機管理には長けています(笑)


時に承認の判断を違えるとコメント欄が独り歩きしてしまいます

包み隠さず出すのも閲覧者のため、見せない配慮も閲覧者のため

どう選択するかはブログ主の判断です


そもそも、他人のブログ記事に対し批判コメントすることが

どうなのだろう?

私には理解できないことですけどね

私には大きなお世話、他人の家の会話に土足で介入することに

通ずる話だと思います

一人の慮外者に場を貸せば、狢たちの修羅場になるのは眼に見えている

私はそういう類いのコメントは承認しません

却下を続ければ、不快コメントが来なくなります

長々と持論を書き連ねるコメントなど私のブログに必要無いことですし

同意するにしても長文は秘密コメントにするとか、批判するなら堂々と

自分のブログ記事に書けば良いのです


この世のなかは肯定する者、否定する者、無関心な者で構成されています

同調する者が居て、批判する者が居て当然ですよね

しかし、閲覧者で不快な気分になるために訪問する人は稀有でしょう

自由な発言には見えない不快感が伴うことが多くあります

特に凝り固まった「持論」を持つ方の中には、相手を攻撃することで

持論を押し付ける行動に向かうこともあって、注意する必要があります


特定の組織や個人に傾倒したり、妄信的な傾向の方は異論に対し

極めて攻撃的な言動をすることもあり、その判断が難しいですが


私は毎日30件ほどのブログを閲覧します

人気ブログは少なく、同意することが多いブログ、心の暖まるような

ブログ、教えられることが多くあるブログなど多彩ですが、コメントは

熟慮してから公開か非公開かを決めて投稿しています

中にはブログ記事やコメント投稿者に、誤字脱字だけを指摘する閲覧者も

おりますから、コメントするにも二の足を踏んでしまいますけどね

ブログを閲覧する人は十人十色です

閲覧者全員に満足してもらう記事など有り得ないと思っています


私の願いは、言いたいことがあるなら、自分のブログで書いて欲しい

小判鮫のように特定のブロガーにへばりついて、マンセーコメントする

そんな現実を冷静に考えていただきたいと、密かに思っています

歯の浮くような と言いますけど、そういうコメントばかりの

ブログは敬遠したい、そう思う事もあり複雑ですけど、所詮は

気のあった仲間が集う空間ですから、それでいいとは思っています


私はブログは閲覧してもコメント欄は見ない事が多く、何かあるのかな

と思った時に覗くだけです


天に唾する

特定のブロガーを誹謗中傷するブロガーは、所詮その程度と

割り切って相手にしないように心掛けましょう

信じる事によって何でも許されるわけではないのです

どんなに素晴らしい言葉を操っていても、粗暴な言葉で誹謗する姿

を見せれば、お里が知れると私は思っています

そのような行為が天に恥じない行為かどうか判断出来ないのか?

その事こそが大切なのだと私は考えています。







Posted on 2017/07/20 Thu. 11:04 [edit]

category: 私の思い

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つける薬も無い  

《 祭だ ワッショイ・・・炎上 上等! 》


私がこのブログを始める前・・・

と言っても、前ブログを止めて、どうするか思案しているとき

いっその事「親しい人」だけが閲覧できるスタイルにでもしようかと

本気で考えていた時期がある


私の実態は「けっこうな過激爺」であり、本音を書けば騒がしくなる

ひよった読者の相手も鬱陶しいので、数人の親しい読者だけのブログも

良いかな・・・なんて考えていた


どうしてそう思ったか?

最近のブログのコメント欄を見れば、誰もがそう感じてしまう事だが

第一に 【挨拶ができない人間ばかり】

第二に 【他人様のブログのコメント欄に、長文の持論を展開する】

第三に 【まともなブログネームすら書かない】

第四に 【冷静に、且つ論理的に物事を考えられないで批判する】

最近は私のブログは「平穏無事」 (40人くらいの閲覧ですから 笑 )

なので、その心配も無駄なのですけどね・・・


他人様の家なり、職場を訪れていきなり用件を話し出す人間など

この世に居るのでしょうか?

先ずは 【挨拶】 【名乗り】 そして【用件】ではないでしょうか・・・

そんなことも理解できない人間が、偉そうに講釈垂れると腹が立つ


他人のブログ批判するほど「ヒマ」なのでしょうけど

何かを信じるのは結構な話だとは思いますが、それを他人に強要

するのは、いただけない話だと思っています

わたしは「痘痕も靨(あばたもえくぼ)」が大嫌いで、盲信することも

嫌いなので、シンパサイザーになることもありません

政治家であろうと、役者であろうと、歌手であろうと・・・・


過激な批判をする人は、周りが見えなくなっている事に気付いているのでしょうか?

私はブログで不適切なコメントを書く人の多くは、自身はブログを書いていない人が

大多数のような気がします

言い換えれば、フィールドに降りないで、観客席から罵声&ブーイングする・・・

姑息な輩とでも言いますか・・・

非論理的なことも恥ずかしくもなく口にする・・・どこかの国の国民のように


私は常々こう書いてきました

反論があるなら 自信のブログに書いて「招待状」をください

(観るか観ないかは私の自由ですけど・・・・)


そんなわけで、ブログを書かないけど批判コメントを頻繁にする人は

ブログに書くとダメ出しされたり、批判されるのが嫌で「書かない」

のだと、私は思っていますが・・・

結局、他人様のブログに「ダメ出し&過激な批判」を平気でする人は

評論家やコメンテーターにでもなった気なのかな?

なんて思っていますけどね(笑)


現代は「100かゼロか」、「白か黒か」、「右か左か」、「敵か味方か」

そういう短絡的な思考で動いているようです

忖度とか斟酌とは別の【慮る(おもんばかる)】ことが忘れられています


熟慮せず短絡的に物事を判断する風潮は日本人には似合いません


私のような人間は世の中のマイノリティーだろうし、不必要な人間ですが

持って生まれた性分ですので、今更変えることもできません

さらには、私のような馬鹿につける薬もありません・・・

そして・・・現代人の「病」に効く薬も、無いような気がします。

Posted on 2017/07/18 Tue. 23:32 [edit]

category: 私の思い

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天皇家の姓  


仕事が忙しかったり、体調が悪かったりして、この数か月

ゴルフに行っていない・・・

私が下手くそなゴルフをする理由は楽しむためだけではない

仕事や私生活の「垢(あか)」を落すためである

この世の中、「理不尽なことばかり」 とは言い過ぎだろうけど

澱(おり)のようなものが心身に溜まってきてしまう

それをリセットするために、全てを忘れて「楽しく」ラウンドする

スコアなど気にしちゃいない・・・

その日一打でも「会心のショット」がでれば、それで満足なのである

私のスポーツに対する基本姿勢はただ一つ

楽しくなければスポーツじゃない

お金を払ってまで「嫌な気分」になるのって、どこかおかしくないですか?

気分よく過ごすために「プレイ代金」を払うと思っています

だから、スコアに拘ったり、気分悪そうにラウンドする相手とは一緒に

回ることは有りません

私のゴルフ仲間は「和気あいあい」が最低限の条件になっています



天皇家に「姓(名字)」が無い事になっています

どうして無いのかを誰も語ってくれません・・・・

神代の昔のことまで書き残してあるとされる「日本書紀」にも

その答えが遺されていないのです


ですが、私は天皇家には嘗て「姓(名字)」が存在していたと思っています

隋書倭国伝にも 【倭王あり 姓は阿毎(あめ)・・・】 と残されている


例えば神話に出てくる神の名前にも、天之御中主神・天照大神・天火明神

天御柱神・天火槍神・天若日子神・天忍穂耳神・天香久山神・天手力男神

天児屋根神・天之御影神・天太玉神、等々・・・


私たちはいつの間にか、「天」が天上の神の事のように刷り込まれてきたが

はたして そうだろうか?

【天】が日本の統治者一族の「姓(名字)」であったから、祖神の名前に付けられている

とは考えられないだろうか・・・・


なぜ漢風諡号に「天」が付いているのが【天武天皇】だけなのか・・・

(その事も引っかかっていることの一つです)


どうして中国を手本としてきた「ヤマト国」の統治者一族が姓を

持たなかったのか・・

姓(名字)を持たない王室は世界的にも稀有であり、無い事は自慢にならない

無いほうが都合がよいから「無い」のであって、その都合の良い理由を考えれば

無い理由も見えてくるかもしれない


中国大陸では例外はあるものの「姓」が有る事が基本であり、誇りでもあった

無いならば、創始すればよいだけであり、平安に至っても「姓無し」を解消

しようとした痕跡も無い

それよりはるか昔、遣隋使も役人から尋ねられ「姓は アメ」と答えたのだから

有ったと考える方が正しいと私は思う・・・


何と言っても 「公称 皇統2600年」の万世一系なのだから、途中で失くした

なら、その事実は伝わっているはずである

万世一系であるためには、男系で繋がっている事が大前提である

とすれば、姓は男系であれば同一のもので繋がっていなければならない

姓を捨てる理由は「不都合」なものだからという事も考えられる

何に不都合だったのか・・・

それこそが「万世一系」を誇示したい者たちの思惑ではないだろうか・・・

易姓革命は事実あったかもしれない

それが何時の時代なのかを知る術はないが、8世紀以前であることは

間違いないような気がしている

天皇家には姓(名字)が無い方が都合がよいとすれば、どんな理由があるのか?

諸説あるが代表的なものを書けば・・・

* 神の血筋で必要ないから

* 苗字がないのは血筋が尊い証拠

* 古代の倭人には姓(苗字)がなかったから

* 皇室は現在の日本国につながる国家が始まって以来

  ずっと続いているから

* 姓(名字)が無いと【易姓革命】が起こりにくいから


笑ってはいけませんが、理由にすらなっていないと私は考えます


なぜ名前と言うものが生まれたのか・・・

それは個人を区別するためであり、家系を区別するためだと

私は考えています

神の子孫を自称し皇統を誇示するならば、姓(名字)があった方が

好都合ではないでしょうか・・・

姓(名字)があったとしたら・・・キムさんが天皇家を継ぐことは不可能ですし

藤原さんが継ぐこともできないのです

皇統でない人間が天皇位に就くには、姓(名字)など無い方が都合が

良かったのではないでしょうか・・・

古代日本では【小国の長】が選ばれて【大王】になったと言います

その頃は色々な姓(名字)を持った大王が歴任した可能性が有り

天一族や呉一族、胡一族だったかもしれません

そういうことが有ったとするならば、万世一系には不都合な問題だった

私には万世一系を誇示するために不都合だったから、消し去ったと

思っています


旧ブログでも書きましたが、私の先祖をさかのぼると

私の父母は2人、祖父母が4人、曽祖父母が8人、高祖父母

が16人・・・・

つまりは【逆家系図】を作れば、私の10代前の先祖は1024人に

なってしまいます

万世一系という言葉の裏を読めば、限りなく薄い血脈の継承

と言えるかもしれません

なぜなら・・30代ほど遡って私たちの誰かが、天皇家と繋がっている

可能性もあるのですから

*計算上は30代遡ると、先祖の数は10億人を越えますから

○○さんの血が受け継がれていても不思議ではないのです


ただ間違えてはいけないのは、現在私たちが「姓」と言ってるものと

本来の「姓」は別物である

私たちが「姓(せい)」と言ってるのは正確には「名字」であり、本来の

「姓」とは【かばね】の事を指します

だから天皇家の姓ではなく、天皇家の名字と言うべきかもしれない

しかし、現代では 名字+名前=姓名 となっていて

姓=名字=家 の事となっています

佐藤さんも田中さんも桜井さんも・・・**家の人だから**さんなのです

Posted on 2017/07/17 Mon. 22:57 [edit]

category: 歴史

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親の言葉 冷酒  


梅雨らしからぬ「空梅雨」の地方も有れば、豪雨で未曾有の

災害が発生している地方もある

宮城(きゅうじょう)に地方の窮状が伝わらないのが悲しい・・・


全ての事には必ず「理由(わけ)」があるという

親の説教と冷や酒は、あとから効いてくる


親の言葉を聞かなかったらどうなるのか?

船越・松居の醜聞を見れば一目瞭然である

「火病」は他人の気分まで損なうもの

船越英二は現在の騒動を予見していた?


私はこの齢になっても、親の言葉をきちんと守っている

他人様の前で 唄ってはならない

他人様の前で 絵を描いてはならない

他人様に 書いた文字を見せてはならない

私の才能の無さを父親は、はるか昔に見抜いておりました(笑)

私にとって「越えられない高い壁」が父親であります

運動も、絵画も、歌唱も、筆字も、勉学も何一つ父親の域に

達したものはありません・・・・

いや、達しないどころか足元にも及ばなかったと言うのが

本音でしょうか・・・


蛙の子は蛙

これは良い意味でも悪い意味でも、親の血を受け継いだ証明です


トンビが鷹を産む

これはあり得ない事、有ってはならない事のたとえ話です


鷹がトンビを産む

これはなさそうで、時には現実に起こる話です


最大の親孝行は、子供が父親にとっての誇りになる事です

しかし、最悪なのは、父親が子供の誇りになる事かもしれません


もし、全ての子供たちが父親を越えてしまったら、世の中がめちゃくちゃに

なってしまう気がします

ウサイン・ボルトの息子が将来、父親を越えたら100Mを何秒で走るのか?


有るかもしれない、無いかもしれない・・父と息子、母と娘

現実は時には楽しく、時には残酷に訪れてくる気がします


「二世」と言われる人の多くが、父親という壁に向き合い

「三世」ともなれば、壁が山のように聳えてしまうようです

努力は越えられないと自覚したときから、その中身は薄くなり

負け犬の多くが「壁」の責任にして、逃げる人生を選択します


私もその一人だったことは間違いありません

離婚を機に「学ぶ」事を始めたことが私の人生にとって「どうなの」か

その答えは・・・・未だに出ていませんが

私がこのブログで書いているのは、私の考えの一部分でしかありません

本音を書きだしたら、過去のように「炎上」する可能性が有り、面倒なことが

嫌で、かなり薄めて書いております

なぜ?

どうして?

それを「タブー無し」「常識を無視」「全方位から観てみる」ことをすれば

意外なことも見えて来たりします


人間というのは時として無意識のうちに「例外的思考」を生み出します

犯罪者を批判する人が、犯罪者の生い立ちに共感すると罪に対する冷静な

判断ができなくなります

罪を犯したことと生い立ち・環境は「酌量」すべきではないはずであり

劣悪な環境で育って「まともな人間」になった人が多い事に着目しません

氏・素性と犯罪には因果関係など無いも同然なのに・・・・


心神耗弱とか精神鑑定とか・・・

人を殺す人間が「正常な神経」を保持しているわけがないのは当然であり

盗撮・痴漢・窃盗・婦女暴行をする人間が「まともな神経」を有しているわけが有りません


後悔とは・・・後からするものであり、後悔を先取りすることは不可能です

ですが、最悪の事態を想定することは可能です

一流企業の管理職や省庁の職員、警察官や自衛官、政治屋などの

犯罪報道を目にする時、理解できないし理解したくもありません

その盗撮・痴漢行為は人生を棒に振るほどの価値が有ったのか?

万引きした商品に生活を破壊するだけの価値が有ったのか?


殆どの人は自分の立っている場所を冷静に見ることができません

その場を去ってからようやく、その場所の存在価値に気づきます

離婚した人間にしかわからないことがある一方、生涯添い遂げた

人にしかわからないこともある気がします


人生において失ってから気づくことは数えきれないだけあります



躓いて転んだ後に振り返り、「何に躓いたのか」に気づくものです

そうならないように・・・親は子のために「説教」をします

これが親の教えですが、今の親の多くは「教え説く」ことができません

なぜ「いけない」のかを教え説かず、「オジサンに叱られるから」という

説明にならない理由で導きます



今の子供たちが「冷や酒」の有難味を生涯知ることは無いでしょう

冷や酒も「温めの燗(かん)」にしてしまうと「過保護・軟弱」と

いう「不細工な大人」を作ってしまいます


ちなみに、温めの燗は齢をたくさん重ねてからが美味いのであって

若い頃は「冷や酒」を煽ってから走るのがベストだと思っています。

Posted on 2017/07/15 Sat. 21:57 [edit]

category: 私の思い

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期待と希望  


九州の豪雨に心を痛めている方も多いと思います

お亡くなりになられた方々の冥福を祈らずにはいられません


私は最初の速報を見た瞬間、思わず「天人相関か?」と

呟いてしまいました・・・

不適切な思考かもしれませんが、私の意識の中では

赤子の不幸は「統治者」の徳の無さが原因だと決めつけています

科学的根拠も無ければ、論理的な説明もできないことなのですが

ずいぶん昔から「日本には天人相関」が息づいている

そんな確信にも似た思いを抱いていました

だれの【徳】が欠けているのかは個々の判断でしょうけど・・・・


私は 【期待】 というものをしない主義です

希望は持っても、期待はしない

期待をすると言う事は、そうなる事が内心では【必須】になります

もし、そうならなかったなら大きな喪失感が生じます

あるいはとてつもない失望感と言っても良いかもしれません


期待度が高ければ高いほど、失望感は増幅されていくのだろうと・・・

ファン心理というものにも、その傾向が多くみられると感じていますが

自分自身で結果を想定して、そうなる事が当然のこととして意識を固定します

ところが現実はそうならないことの方が多く、失望感も頂点に達してしまい

その失望感の着地点が見つけられず、「だれか」「何か」の責任へと向かい

論理的に「不可解な言動」へと突き進んでいきます


これは私たちの周りのあらゆることに共通しています

思い当たる人も多いとは思いますが・・・


例えば、私が50年間応援している「東京ヤクルトスワローズ」の問題でも

ここ数日のファンの反応と言うのが、まさに↑のような状態なのです

クラブハウス前に集まったファンは「選手は悪くない、責任とれ」

「入場料 返せ!」 と罵声を浴びせたと言う・・・・


まず・・・選手は悪くないという発想がおかしい(笑)

監督やコーチ、球団幹部がボールを投げたりバットを振っているのではない

あくまでもプロスポーツは選手が基本である

選手の起用法、サインの出し方(戦術)はベンチの責任であるが

大量点をとられたから、監督が悪いと言うのもどうなのか・・・

おまけに、自分の意思で入場料を払っておきながら、負けたから

返せ は意味不明な話(笑)

勝つ試合が見たかったから「入場料」を支払ったけど、負けたなら返せ

という発想こそ、「期待して観戦した」ということに他ならない

当たらなかったから宝くじ代金を返せと言っているようなものだ(大笑)


私はプロ野球ファンの一部に、こういう「訳の分からない似非ファン」が多い事が

以前から気にはなっていた・・・

私がこの球団を応援し始めた時、国鉄スワローズからサンケイスワローズに

変わったばかりのころで、とにかく弱かった(笑)

44勝91敗5分 借金47 という惨たんたる成績だった

その翌年、球団マスコットが「鉄腕アトム」に変わって、アトムズになった

しかし、相変わらず弱かった、だからその当時のファンは「勝てば儲けもの」

勝利という希望は持っても、勝つことに期待などしなかった(できなかった)

それでも選手のプレイに対し「罵声」を浴びせる愚かななファンは居なかった

と思っている


私が近年「違う」と感じたのは野村監督の時代に、球場の心無いファンが

「辞めろ」とかペットボトルを投げ込んだ時からだろう・・・

優勝すると「強いチーム」に引き寄せられるように「似非ファン」が増える

そういう馬鹿が「辞めろ」だの、「責任とれ」だの叫ぶのである

冷静に選手や球団を応援できない「似非ファン」が、わかったようなコメント

を呟き、勝手に過剰な期待をして、その失望感・喪失感から誰か、何かに

憤懣をぶつけて留飲を下げているだけ・・・・


球団や監督が「応援を強要させたのではない」

球団や監督が「強制的に入場料をもぎ取ったのではない」

自分の意思で応援して、入場料を払った人間が何を言うのか・・・


選手や監督・コーチに罵声を浴びせる人間に言いたい

貴方なら、どれだけできるのか?

グラウンドに降りて行って、ホームランを打てるのですか?

相手バッターを三振させることができますか?

自分ができもしないことを、非難したり批判することはおかしい!

私にはそう思えて仕方がないのである。




Posted on 2017/07/10 Mon. 22:01 [edit]

category: 私の思い

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藤原氏の出自 2  


新益京を造営したのは持統天皇であり、その京を捨てたのは元明天皇です

平城京遷都の勅を出したのは元明天皇の皇子・文武天皇が崩御した翌年

遷都と文武天皇の崩御に因果関係がありそうだ・・・


天孫降臨神話を創作してまで孫の文武天皇に譲位した持統天皇が崩御して

その5年後に25歳の若さで亡くなった文武天皇・・・・

その死後、慌てて平城京を造営した理由とは・・・

「けがれ思想」だけでは説明できない、何かがあった可能性もある


私は天皇が「即位の儀」を執り行わず、実権を握り「政治」を行うことに

疑義を感じている

いわゆる【称制(しょうせい)】と呼ばれるものだが・・・

選挙制度など無い時代であっても、支持するものが多ければ即位することに

大きな障壁はないはず・・・

即位出来ない理由の多くは、継承権が無い、若しくは無いに等しい場合である


私の「妄想」であるが、持統天皇に「次期天皇継承権」が存在したかどうかより

女性天皇と言う制度自体が存在していなかった可能性があるのだ

日本書紀の記述から、推古・皇極(斉明)天皇という女帝が居たとされる

しかしその記述を残したのは持統天皇の時代である

それまでの「国書」に相当するものは「遺されていない」

であるならば、存在自体無かった可能性も否定できないのだと・・・


もう一つは、持統天皇が天智天皇の娘などでは無かった可能性だ

天皇の娘ではなかったなら、皇位継承権など有る訳が無い・・・

日本版・易姓革命の可能性も否定できない事になる

あくまでも私の妄想ですが・・・


天皇皇后が「仲睦まじかった」とされることに違和感を感じる長屋の爺

とくに「表面に出てくる」 強い皇后、優れた皇后、慈愛に満ちた皇后という

歯の浮くような美辞麗句で語られる「過去の皇后」の伝承は信じられない

強く優秀な女性なればこそ、夫である天皇が保持していた権力に「固執」

するのではないだろうか・・・・

たとえ、自身に皇位継承権が無くとも・・・・

そのような「権力欲」の強かった持統天皇が造営させた「新益京」を

わずか数年で捨ててしまったのには理由があるはずだ

平城京より平安京よりも大きな都城を捨てるには相応の理由があるはずだが

日本書紀は「黙して語らない」

日本書紀が日本の歴史「皇統史」の真実を書き残したとするならば、これほど

不可解な話は無い

わたしが日本書紀をバイブル・物差しにする専門家に不満を感じる大きな

要因なのである

肝心な疑問点は「棚の上にあげておいて」、日本書紀に書いてあるから「真実」では

誰も納得しないのではないだろうか・・・

私は文武天皇がどうして25歳の若さで死んだのか?

そのことが大きなヒントになるのではないかと思っている

本当にこの時代ヤマトが一つになっていたとは思えない・・・

戦乱と呼ぶには少し違う気がするが、何か反目するような

小さな内乱・騒動が起きていた可能性もある



余談だが、天武天皇に負け自害したとされる天智天皇の後継者・大友皇子

山前(やまさき)で自害したとされているが、その場所も埋葬された場所も

正確には特定されていない

首を斬られて天武天皇の前に差し出されたことになっている

ところが日本各地に「大友皇子」の逃避伝承が遺されている

身代わりに後を託し、蘇我赤兄・蘇我大飯らに守られて愛知県、千葉県

に逃れたというのである



たしかに愛知県三河地方にも大友皇子が隠れ住んだ「館跡」とされる

伝承石碑が遺されていて、近くには神社も建っている

【大友天神社】

(由緒) 壬申の乱の後、従者・長谷部信次などとこの地に流遇し草案を結ぶ

信次は皇子のために一祠を創建奉納し之を【天神宮】と称す

その所在地を「大友」、部落を「長瀬」と呼ぶ

(近隣の「小針1号古墳」は大友皇子の墓だと言う伝承もある)


大友皇子(天智天皇嫡子)も文武天皇(元明天皇皇子)も偶然に

25歳の若さでこの世を去ったことになっている

元明天皇が新益京を捨てた理由もその辺りにあるのかもしれない

文武天皇がどういう「死」を迎えたかで歴史の見方が大きく変わると

私は考えている。

Posted on 2017/07/07 Fri. 22:46 [edit]

category: 歴史

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ネットと爺の私生活  


私は「ネット通販」を頻繁に利用している

時代とは言いながら利用するには、ある程度の覚悟

をしなくてはならないのが原則である


しかし、私は近くのスーパーに月2~3回、ホームセンターに

月4回程度足を運ぶのだが、それで独り暮らしのすべてを

揃えるのは少々無理がある

当然重いモノ、かさばるモノ、近所で売って無いモノ

そういうものを中心に「ネット注文」することにしている

例えば「書籍」などは私が欲しいものは、最近の書店の取扱数では

取り寄せするしか手に入らないことが多い

その結果、Amazonや楽天で購入することになる


基本的には日本のメーカーの誰もが知っているような

ありきたりの商品が主体だが・・・時には、目についたものを

「衝動買い」することもある


最大のデメリットは「売り手の顔」「商品現物」が見えないことである

「画像などを見て注文してないの?」

そう思う人も多いだろうが・・・そんなの「あて」にはならないのである

もう一つは「**製」という表示がされていない事

さらに、何処の国の業者なのか、何処の国から発送されるのかも不明なのである

商品を頼んだのに(前払い)、待てど暮らせど届かないことが何度もあった

返金保障してもらったから実質的な被害は無かったのだが・・・


特に酷いのが中国製&中国からの郵送商品だ

なかなか日本では見かけないユニークな品を見つけ、注文したのはいいが

待てど暮らせど・・・そのうち注文したことすら忘れてしまって(笑)

ある日突然、外国郵便が届いて開封したら「そのような商品」が・・・

出品画像とは似ても似つかぬ「ガラクタ」が登場したときの感動は(笑)


中国発送の商品の最大の特徴は「完璧な粗悪品」の多さと、「異臭」を

放つ迷惑商品、ただし・・・値段は驚くほど安価なのも事実だ


自動車のDIY部品を注文したときは、配線の「ハンダ」が接続してはいけない

箇所にハンダ付けされていて、線を繫いだら「白煙」を生じて溶けてしまった

別の部品の時は開封したら、バラバラになった商品が・・・

組み立て途中だったのか? 面倒になって梱包してしまったのか?

当然ながら、私は「ノークレーム」でゴミ箱に放り込んだ

「中国製品」と分かっているのに注文してクレームをつけること自体

無意味だと言う事を私の中では基本にしているので・・・


互換品と言うものも中国製の大きな特徴で

「見た目が同じなら、同じ品」 というお国柄であるから

「安物買いの銭失い」を覚悟の人はお試しあれ!

品質の高さ、精度、保障などを重視するなら、日本製品を

購入することをお勧めしたい(笑)


米は北海道・ホクレンの「ゆめぴりか」しか食べないのでネット

で注文しています(美味しいお米を食べるのが日本人の基本)

猫の餌&おやつ、トイレ用品などもネットに依存していて

基本的に「安い」「お得」というのは選択基準にならない爺ですから

当然ながら「訳アリ商品」は購入しない主義です

高いのには高いだけの「わけ」があり、安い商品には安いだけの

「わけ」が有るのは当然の事・・・・

訳の無い商品が存在すること自体「異常」だと思っています


価格と言うものは「自分自身が納得できる」ものが適正価格で

納得できなければ・・・それは価値の薄い「高額商品」ということに

なると思っています


安いと言う言葉の基本になるのは、誰か(企業)が表示した価格に

対しての、それ以下の価格の事であって、自分の価値観とのバランス

で出された価格ではないと思っています


私は独り身で小食、だから時折「上質」「価格無視」で食べるようにしています

明日、来週・・・生きているという保証のない人生ですから、節約・我慢しても

意味が無い気がしています

だからと言って、私が贅沢三昧しているわけではありませんが・・・

自分自身にたまには「ご褒美」を、自分から自分に対し「奢って」いるのです


月に一度回っていない「寿司店」へ足を運び、月に2~3度「クロマグロ」を

柵(さく)で購入し、お気に入りの蕎麦店で「十割蕎麦」を堪能し、二ヶ月に

一度「ウナギ専門店」でウナギを食べることにしています


基本的に「間食」はしない人間ですが、肉体労働ですからたまには「甘い」

ものが食べたくなります

和菓子が中心で「洋菓子」はほとんど食べません

「上質のあんこ」が大好物で、美味しい和菓子の基本は「上品な甘さ」です

炭酸系が苦手で基本的には「お茶」と「ブラック珈琲」、生水は飲みません


この二ヶ月で体重が4キロちかく減っています

夏が終わるころまで生きているのでしょうか?

と言って・・・大きな病気をしているわけではありませんが(笑)


食べたいものを食べたいときに、上質なものをほんの少し・・・

たまに焼酎を片手に読書&ネット閲覧・・・

それが心と体に有益なのだと私は思っています。

Posted on 2017/07/05 Wed. 22:53 [edit]

category: 私の思い

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藤原氏の出自  

楽しい時間の後はどんな時も、「寂しさ」だけを残していくものである

と言っても、とても楽しい「枯れたオフ会」でした(笑)

集まった4名が店で5時間ほど楽しく宴会をしました

取り敢えず生ビールで乾杯、その後3名で(焼酎3本)呑み続け

「サメの心臓」なるものを食し・・・・

酒も料理も、店の従業員の対応も「満足」でした

店を選んだ私も初めて利用する店で、皆さんの期待に応えられたか

ちょっと心配ではありますが・・・

ホテルの方は「シングル」で予約しましたが、ホテルの好意で

ツインの広い部屋に変更してくださいました

親父様とホテルに帰って焼酎(ストレート)を呑みながら楽しく歓談できたのも

ツイン部屋だからできたのかもしれません


私はオフ会とは「一期一会」だと言う認識で参加しています

二度と行かないとかそういう話ではなく、人間何時どうなるかわからない

そういうこの世の中で、「縁(えにし)」があって語り合える

そんなチャンスが何度も訪れるかどうかなど、神さましか知らない事でしょう

だから縁があった時には「楽しく」をモットーにしてきました

そういう意味では今回も「楽しゅうございました」


他の方が顛末をお書きになるかどうかは分かりませんが

私にとっての今回の集まり(オフ会)はとても有意義でした。



【藤】

ふじ・トウ

この文字の成り立ちを一年以上探してきましたが、不明のままです

私の持っている漢字に関する書籍・辞書にも、成り立ちがありません

中国にも無い文字でありながら、和製漢字にも存在していないようです

元の文字は 【滕】 トウ わ・く

 「藤」 トウ ふじ という文字はいつだれが創作したのでしょう?

滕の文字が「音符」として 「トウ」なのだから「、トウ」 と読むことに

なんら問題はありません

しかし・・・なぜ【ふじ】とよむのでしょうか・・・・


この「藤原」という文字も【日本書紀】が初出なのです

ただし・・・藤原京ではなく藤原宮として記述されています

実際には【新益京】と言うのが本当の京の名前ですが・・・

近世になって「藤原京」と呼ばれるようになったものです


私は藤と言う文字は持統天皇以降の時代に「創作」されたと

思っています


滕(とう)の原(はら)では意味が不明ですが、唐の原だったとしたら

おそらく「とうげん」と呼んだかもしれません

「とうげん」と聞けば、桃源郷を連想します

日本で最初の条坊制の「都城」であった新益京ですから

唐の都城を参考にしたことは想像できます

唐の平野にある都城のように立派な都城を造ることこそ

ヤマトが目指した「夢」だったのかもしれません

夢の唐風都城・・・桃源郷でもあったのかもしれません

しかし、「唐の原」や「桃源」では都らしくない・・・

そこで命名されたのが「新益京」という都だった

日本書紀を信じるならば、694年に遷都されたとされるが

実際には704年に完成したとされ、完成から4年後の708年に元明天皇より

遷都の勅が下り、710年に平城京に遷都された



どうして平安京・平城京より大きかったとされる新益京が捨てられたのか

藤の文字と藤原姓と藤原宮の「なぜ」は研究者も世間も大きく取り上げません

現代の皇室問題と同じ匂いがします(笑)


おそらく藤原という「名づけ」は平安初期辺りの「後付」だと私は考えます

【不死・我・等】

我等は死なず 

そして・・・【富士・我・等】

我等は富士の如く、ヤマトの頂上に君臨する

日本書紀に「霊峰・富士山」の記述はほとんどありません

歴史から抹殺された日本の霊峰の理由は・・・

藤原一族が「ふじ」という音を盗んだからではないでしょうか・・・


新益京という桃源郷を造った勢力の衰退が原因だったのか、それとも

捨てざる得ない重大な理由があったのか・・・・

(つづく)

Posted on 2017/07/03 Mon. 21:30 [edit]

category: 歴史

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