人生の歩み方  


私は成功者の自伝・自著、偉人伝や「成功に導く**法」「失敗しない**」

などという書籍は全く興味が無い

成功者の自著など「後出しじゃんけん」「こんなことやりました」なのである


人間は見かけだけでなく、産まれた環境、育った環境、家庭の躾け、家族構成

対人環境、教育環境、時代背景など同じ状況などあり得ないのだ・・・

そんな人物の生き方・人生の歩き方・考え方を自分に移し替えても

おなじ作物(人間)になる訳が無い・・・・

こういう事をいうと、「あくまでも心構えだから」「「ヒントにすればよいじゃないか」

そういう言葉が返ってくる

たしかにその通りなのだろうが、長屋の爺は「偏屈」「へそ曲がり」の見本みたい

な人間である

「私はこうやって成功者になりました」 と自慢されているようで、気分が悪くなる

劣等感、引け目だけで生きて来た「くそ爺」だから、「なるほど、そうか」とは

ならないのである(笑)

もう一方では「占い」「予言」「予想」は全く信じていないし、観ることも無い

一番の「策」は自ら経験することであり、絵に描いた餅は「腹を満たさない」

というのが信条だ・・・

自分勝手で他人に厳しく自分に甘く、面倒くさがりのくせにのめり込む体質で

一度嫌いになると「とことん嫌う」が、好きになっても「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」

には決してならず、ダメなものはダメ、盲目の**を嫌悪している(笑)


他人の良い処だけを観て過ごせる人は「幸せ者」かもしれない

ダメなものは天皇だろうと、総理だろうと親だろうと妻だろうとダメなのであり

おかしい事はどう差し引きしても「おかしい」のである

そんな私を周りの人は「性格異常者」「感情破たん者」とか言っている(笑)


例えば成功者の言葉に「諦めなければ必ず**できる」とあったとする

その言葉を信じた一人の若者がいた

ある朝寝坊しバスの時間に間に合いそうもない

しかし「あの言葉」を信じて必死にバス停まで走ったとしよう

バス停に着くと同時にバスがやってきた

「やっぱり諦めずに走って正解だった」 と若者は思った

ところが・・・三つ前のバス停付近で交通事故があり4分遅れの

到着だった

彼が必死に走っても本来ならば「乗り遅れ」は確実だったのだが

バスが遅れていたために間に合った

これが走ってもバスが通過した後だったら彼はどう思うだろうか・・・



「やはり諦めずに走ったって、バスには間に合わなかったな」

「やっぱり諦めずに走って正解だった」

この違いは諦めずにいたからだろうか?

どう考えるかは個人の自由ですが・・・

諦めようと諦めまいと、結果から導く答えは「後出しじゃんけん」

私は常にそう思っています



道は一本じゃないし、答えも一つじゃない、やまない雨は無く

昇らない太陽は無いし、全ての道は目的地に繋がっている

近道を探して「あみだくじのような道」を通るのも人生

真っ直ぐに大きな道だけを選んで走るのも人生

遠回りだけども景色の良い風の匂いを感じる道を走るのも人生

人に教わった道だけを走るのも人生である


天皇の言葉が尊い立派なものとは限らない

一国の宰相の言葉が正しいとは限らない

新聞に書いてあるから事実なのでもない

教科書に書いてあるから史実なのではない


神さまとは「鬼」でもあるという

人間の心の奥に「鬼」が棲むという

結果として、人間の心には「神」と「鬼」が棲んでいるのである

鬼性を出すか、神性を出すかは、生まれた環境や育った環境

人生の軌跡によって変わるものかもしれないが・・・

成功者の言葉によって変わることは無いと確信しております。

Posted on 2017/04/03 Mon. 21:38 [edit]

category: 私の思い

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私の思い過ごしだろうけど・・・  



譲位がなぜ望ましくないのかという問題はマスコミなどで

いろいろ話題になっているので承知でしょう

女性天皇が容認できない理由も、大きく取り上げられているので理解できると思います


しかし・・・我々日本人は明確な判断より、玉虫色や灰色の解釈で自己を納得させる

日本人特有のDNAを持っています

譲位が高齢を理由にするだけでなく、利権者の思惑で創られた「病」や

利権者にとって「好まざる」人物であれば、陰湿な手段で譲位を敢行してしまう

そういう懸念さえあり、それに対し陰では口にしながら、際立った行動のとれない

日本人体質が、暴挙を最終的に認めてしまう恐れがあります

今この時も日本の精神的柱が「黒い頭のネズミ」や「赤い白アリ」に蝕まれています

天皇とは何者なのか?

象徴天皇とはいかに生きるべきなのか?

天皇と国民のつながりとは現実にはどういうものなのか?

それぞれが足を止めて、真剣に考える時期なのだと私は考えます

2017年4月  長屋の爺


 天皇陛下が退位の意向をにじませたお気持ち表明後、初の会見に臨んだ皇太子さま。

全体的に慎重さが目立ったが、思いがにじむ興味深い発言もあった。


「図らずも、2日続けて、天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます」。皇太子さまは会見で、昨年8月8日の陛下のお気持ち表明の前日に愛知県西尾市の岩瀬文庫で105代天皇・後奈良天皇(在位1526~57年)が写経した般若心経を目にしたエピソードを、こんな感慨を込めて紹介した。戦国時代を生きた後奈良天皇は、飢饉(ききん)や疫病が流行するなか、国家の平安を祈念し、書写した般若心経を各地の神社や寺に奉納したことで知られる。
 「疫病で多くの人々が死亡したのは、徳が十分でなかったためで心が痛む。般若心経を金字で写し、供養させることが疫病の妙薬となることを願う」。後奈良天皇はそんな思いを写経の奥書に記したという説明に、皇太子さまは興味深そうに聴き入ったという。
 実は天皇陛下も、象徴天皇のあるべき姿として後奈良天皇の名前を繰り返し挙げてきた。即位前に皇室のあり方を問われた際、嵯峨天皇以来の歴代天皇の「写経の精神」とともに、皇太子さまが言及した後奈良天皇による写経の奥書を紹介。これとは別に「国民の幸せを大切に考えるという精神が後奈良天皇にみられ、皇室の伝統として現在につながる」と宮内記者会に文書で回答したこともあった。「国民に寄り添い、喜びも悲しみも共にしたい。あえて奥書に言及したのは、陛下の姿勢を受け継ぐという意思表明ではないか」と皇太子さまと長く交流のある関係者は語った。


↑の文章は、2017年2月23日 朝日新聞DIGITALで報じられた記事の抜粋である

後奈良天皇を鑑(かがみ)としようと言うのだろうか?

その裏に潜む重大事に私は大きな不安を感じているのだが・・・


105代 後奈良天皇は朝議の再興を率先した人物である

朝議とは朝廷(皇室)において開かれる評議のことである

私の思い過ごしかもしれないが・・・皇族会議の復興を視野にいれて

朝議の復興を推進した後奈良天皇を手本としたいと願っているように感じた



後奈良天皇は通説によれば、伊勢神宮に対して・・・

「今この国では王道が行われず、聖賢有徳の人もなく、利欲にとらわれた

下剋上の心ばかりが盛んです。このうえは神の加護を頼むしかなく、

上下和睦して民の豊穣を願うばかりです」




神の加護を求めその結果、仏教である【般若心経】の写経を各地の「一宮」に

奉納した天皇なのです

自分には徳が無いことを詫びながら、行いは仏教徒らしさ全開では・・・

八百万の神も写経をもらってどう感じたものか

どう擁護しようとも「祭祀王」の言動ではないと感じるのは私だけかもしれない

写経が悪いとは言わない

その当時では当然の行動かもしれない

しかし・・・現在日本人が考えているような、天皇=祭祀王というのは

この時代よりはるか以前に消え失せているのではないだろうか


事あるごとに「国民に寄り添い」「日本国憲法を順守し」と仰る天皇陛下だが

譲位を公に口走り、法改正までさせることに大きな齟齬をきたすのではないか

皇室解体論の極左野党も、今回はだんまりを決め込む辺りに胡散臭い臭いがする


私は以前から美智子皇后に持統天皇の影を感じていると言ってきた

では今上天皇はどうか?

私は今上天皇に聖武天皇の影を感じている

第45代 聖武天皇は仏教に帰依し、神の子孫であることを放棄した天皇であり

皇族以外から皇后(光明子)を迎えた初めての天皇である

私は光明皇后(光明子)は通説にあるような慈悲深い皇后ではなかった

そのように考えている

いろいろな文献を観ても素晴らしい業績に反し、人間味が感じられない

現実に生きている光明子の息遣いが感じられないとでも言おうか・・


とは言っても、誰が何を考えようと、何を望もうとも道は決まっている

世襲のデメリットは能力や資質によって後継者を選択できないという事であり

それを補填し補佐するのは傍に仕える「人臣」であり、現代の「宮内庁」で

あるべきなのだが、その宮内庁が【救いようの無い官賊】だらけでは・・・


政治も三流なら、省庁役人も三流、メディアも当然三流以下では救われない話だ

国の元首が女房の暴走を看過し、政治のトップが女房の暴走を止められない

女性が強くなる事とは別次元の忌々しき事態なのは明白である

五十歩・・いや百歩譲っても、今回の譲位騒動の発端は今上天皇の

憲法違反なのは間違いない・・・


国家元首であるから「象徴」たりうるのであり、天皇を退けば日本国の象徴たりえない

私の中の【天皇は日本&国民の象徴】とは、国家元首=天皇=国民統合の象徴で

不変なのである

天皇を退けば日本の象徴ではなくなるという事なのである。

Posted on 2017/04/02 Sun. 21:54 [edit]

category: 歴史

thread: 思うこと - janre: 学問・文化・芸術

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