2017年 夏 神奈川へ  


8月15日 終戦の日は神奈川県を訪問・・・

友人の希望で「川崎大師」へ向かいました


小雨が降り続く川崎・・・

駅から傘をさして商店街を通り、初めての参詣です

川崎大師 29・8・15



     川崎大師 御朱印1


川崎大師 中書院



     川崎大師 御朱印2


     川崎大師 2


さすがに「車中心」の生活をしている長屋の爺

駅から大師までの道のりは「遠かった」です

雨のせいかもしれませんが、途中で左足が攣ってしまい

えらい目に遭いました(笑)


そして本日のメインである鶴見にある曹洞宗・總持寺に参詣です

5月に永平寺に参詣した長屋の爺、両本山の總持寺に足を向けないのは

不味いだろう・・ということで、行ってまいりました


強い雨が降る中こちらも結構長い距離を歩きました

のんびり歩いて10分ほどでしょうか・・・

予想したより人影もまばらで、お盆の墓参に向かう人の数が多かった気がします

總持寺 5



總持寺 1



總持寺 3


總持寺 4



總持寺 6


この總持寺には特別な御朱印が有り、今回はそれも楽しみの

一つだったのですが・・・

午前中は御朱印がもらえたらしいのですが、午後の予定は未定とのこと

「2時から3時くらいになるかも」

という、売店の女性店員さんの言葉に、新幹線の時間や昼食もまだな事を

考えて今回は「ご縁が無かったという事に」して、諦めました


お盆の為、僧侶の皆さんが帰省しているので、尚且つ「お墓参り」など繁多で

御朱印まで手が回らないようでした  残念ですが・・・



本来なら、こういう御朱印 ↓ がもらえる予定でした(笑)


20150211231533.jpg



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     《 拝借画像 》



落胆と歩き疲れ、雨も止まず空腹で次第に無口になる二人

何か美味しいものでも食べないことには気が収まりません(笑)

友人は「お土産を買いたい」とか、わがまま言うので、そのまま

新横浜まで・・・・

買い物の前に腹ごしらえをすることに決め、新横浜駅にある

キュービックプラザ9階へ

横浜に来たんだからと私の一存で「横浜キムラ」に直行した

私は「クリームコロッケセット」に決定、ハンバーグにすべき

なのは承知しているが、鉄板の上でジュージューいってるのを聴いて

腰が引けて断念、周りをチラ見したときに視界に入った「クリームコロッケ」

がとてもおいしそうだったので・・・(笑)


「そもそも肉系が苦手な爺が、横浜キムラに入ることが疑問だわ」

という友人の言葉を聞こえないふりをしてスルーする

とってもクリーミーで「私好みで ございました」


今回は自分の目的が靖國参拝だったので、あとは「おまけ」みたいなもの

友人のツアコン役で終始しました


結果と反省として、友人曰く...

「注文など付けずに、全部任せればよかったな」

はい、新幹線、ホテル、目的地、飲食場所、経路など

友人の要望を最大限汲んだ結果、かなり残念なことも多々あったからです

次回からは「全部お任せ」だそうです(笑)


次回が有るのかどうか…

やっぱり一人旅が気楽でいいですね

これも経験であり、【縁】というものかもしれませんね(笑)


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Posted on 2017/08/24 Thu. 21:02 [edit]

category: 旅の記録

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2017年 夏 東京へ  


ブログ記事を書く前に私なりの考えを書いてみたいと思います


8月15日は日本人にとって忘れてはいけない日だと教えられました

その8月15日は【終戦記念日】と言われています

その事実を知ることも無く、当たり前の事、当然のことと思っている

日本人が殆どですが・・・

8月15日は昭和天皇が国民に向けて「戦争の終わり」を宣言された日です

ところが、その前日に戦争は形式上「終結」していました

なぜ、形式上なのか?

各地では天皇の宣言など関係なく、事実として戦闘状態だった戦場が無数に

存在していたからです

私の父親も15日以降の戦闘で足に「銃創」を受け、瀕死の状態での帰還でした

日本が悪い・悪かったと天皇が口にすることを知っていたなら、父だけでなく多くの

兵士が命がけの戦いをしたのか・・・知る術もないですけどね


さらに昭和天皇は「負けた」とも「日本が悪かった」とも一言も口にしていません

戦後の社会・共産主義にかぶれた連中の扇動によって、歪められた歴史事実と

言えるかもしれません

さらに、終戦を記念することがふさわしいのか私には疑問です

終戦を記念するのは「自称・戦勝国」と言われるものの立場からではないでしょうか

もし日本が世間で言うように負けたのなら「敗戦の日」というべきであり

戦争が終わったと自覚したのなら、「終戦の日」というべきです

終戦記念日というのが正しいなら、原爆の日も「原爆記念日」としなければなりません

この意味を私の屁理屈と思う人には理解できないかもしれませんけどね・・・

先の戦争は「大東亜戦争」であって、「第二次世界大戦」とは連合国の側から

みたものであり、その立場から名づけられたものです

日本人ならば、少なくとも先の戦争は【大東亜戦争】と言ってほしいです

つまらない事を長々と書いてしまいました



さて、日本の一番長い日の前日に東京へ出かけました

友人の誘いを断り切れず、ツアコン爺の珍道中の始まりです


まず、新幹線を手配する段になって、友人曰く「乗り換えが面倒」と

生意気な事をいうので、それじゃあ「こだま」にするか?と・・・


はい・・・後悔しました

二度と「こだま」なんぞには乗りたくありません(笑)

出張族でも「ひかり」「のぞみ」で移動する時代です

家族が多くて運賃を節約するならまだしも、老いぼれ爺の

移動になんで窮屈で騒がしい思いをして旅行するのか

意味が解らんと説諭してやりました

本人も帰りの新幹線で「次回からはひかり・のぞみのグリーンで」

と宗旨替えを約束しました(笑)


友人が浅草には何度も来てるが「神田」に行ったことが無いと

宣(のたま)ったので、それでは案内しましょうと・・・・

神田明神に直行、聖橋が工事中でしたが、いつもと変わらぬ人通り

境内も結構な参拝客が訪れていました

神田明神 2017



参拝後御朱印をもらい、友人がお土産を買い、付近を散歩しながら

次の目的地に・・

私も自分だけなら、目的地から目的地までわき目もふらず

移動するのが常ですが、初めての友人は小雨が降る中でも

物珍し気にきょろきょろと(笑)

日本の案内表示は「分かり難い」というのを実感する絶好の

機会でした

あれでは外国人は戸惑うばかりなのは納得です

もう少し配慮有る表示にするべきと、五輪をひかえた首都に

一言モノ申したい・・・そんな気分でした


そして、いよいよ友人の目的地のメイン【靖國神社】です

傘をさして歩かなければならなかった小雨の降る九段下

友人は二度目だそうだが、先回は他の人たちの言うがままの

慌ただしい旅だったそうで、遊就館が観れなかったと言います

「まぁ 慌てずに時間はたっぷりあるから」

と手水舎で清め、いざ参拝・・・


靖國参拝29・8・14


さすがに8月14日です

人 人 人の波・・・・大型観光バスで大勢の方たちが記念写真&参拝

バスの表示を見ると北海道や滋賀、愛知や島根、他にも数十台の観光バスが

駐車場を埋め尽くしていました

さすがにこの状況には驚かされました

参道近くには警備の警察官と拡声器の付いた黒塗りの車がチラホラ

山道横の食堂には一見して分かる「男たち」がたむろしていました

家に帰れば「好々爺」なのだろうな・・・なんて思ってみていました

長屋の爺が普通の爺だと自覚できる瞬間でした(笑)


さてお参りも済ませ彼の目的「遊就館(ゆうしゅうかん)」へ

遊就館は靖國の奉賛会会員は無料で入場拝観できます

一般の方は800円ですが、私は会員なので無料でした


遊就館2017

      一階入り口横に展示されている【零式艦上戦闘機52型】




館内は殆んどの場所が撮影禁止ですが、一階ロビーと大ホール

そして特別展だけは撮影可となっています

遊就館 展示1



遊就館 展示2

大ホールの展示物、硫黄島やサイパンなど多くの戦地で回収された

戦士たちの遺品や日常生活用具の数々・・・

写真で紹介できませんが、花嫁人形の展示されているコーナーでは

なみだする年配者が多く見られました

普段は若者と西洋人、中国人が殆どの遊就館ですが、この時期は

多くの高齢者や遺族の方々、さらには海外在住の遺族が訪れています

見るからに日本人なのに、言葉を聞けば英語で会話し、通訳を通して

質問されていました


靖國が自分にとって、どういう意味を持つかは人それぞれでしょう

私は無理強いする気など有りませんが、機会が有ればこの遊就館を

訪れてほしいと願っています

「人生に迷ったら知覧に行け」というタイトルの書籍が有りますが

私は 【人生に悩んだら 靖國・遊就館に行け】 と申し上げたい



永くなったので 続きは次回に

(つづく)



Posted on 2017/08/16 Wed. 21:50 [edit]

category: 旅の記録

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東京へ行って来た 2  



神宮観戦の興奮を残したまま翌日

前日は土砂降りの中の参拝だった靖國へ・・・



朝というのに参拝者がチラホラ、出張族と思われる方が参拝

した後に帰郷するか、あるいは出張先に赴くのかもしれない



   靖國参拝 7・27 22




当初の予定ではこの後、豪徳寺にお参りすることにしていたが

前日の雨に打たれたからか、どうやら「風邪気味」のよう・・・

身体もだるく少々「しんどい」状態で、急きょ予定を変更し

押上(スカイツリー)まで行くことに決めた

(早い話、九段下から半蔵門線でそのまま乗り換えなしだったからだが)


しかし、現実は甘くなかった(笑)

長屋の爺は今現在、学校が夏休みという事に気付いていなかった

中国人観光客のほかに、子供連れの親子が大挙して押し寄せ

中高生のグループも混じって、人、人、人の世界・・・・

兎に角長屋の爺は雑踏が苦手で、人込みに入ると頭痛がしてくるのだ

   スカイツリー 22



   
   スカイツリー 2 22



何とか人込みを避けながら入口までたどり着いたが・・・

爺の頑張りも此処まで(笑)



立ち入り禁止場所に勝手に入り込んで記念写真を撮るシナ人親子や

通路で立ち止まり何やらもめているシナ人観光客グループ・・・・

そこかしこから飛び込んでくる「中国語」に頭痛はピークに(笑)

写真だけ撮ってソラマチのショップを覗きながら地下へ向かった


取り敢えずは東京・品川方面へ

乗った電車が京急線で、品川の手前が泉岳寺であることに気づく

それならば「義士」に線香でもと思い立ち、途中下車することに

泉岳寺は曹洞宗の江戸三か寺であり、赤穂浪士(四十七士)と

浅野内匠頭長矩公、浅野家ゆかりの墓所としても知られている

一度訪れたいとは思っていたが、何が幸いするのか・・・・


     高輪 泉岳寺 22



              《 参道から山門を見る 》



 高輪 泉岳寺 2 22




                     《 本堂 》


   浅野内匠頭長矩公墓所 22



              《 浅野長矩公(内匠頭) 墓所 》


   大石内蔵助 墓所 22



               《 大石良雄(内蔵助) 墓所 》


   浅野長矩公夫人 墓所 22



               《 浅野長矩公夫人(瑶泉院)墓所 》



   四十七士 墓所 2 22




   四十七士 墓所 3 22



   四十七士 墓所 4 22



   四十七士 墓所 5 22




   四十七士 墓所 6 22




   四十七士 墓所 7 22




          《 四十七士の墓が整然と並ぶ墓所 》


線香は墓所の手前で100円を支払うと係りの方が用意してくれる

全ての方に1~2本づつあげるもよし、お気に入りの義士の前に

全部供えるのも良しとか・・・・

* ちなみに私は前者のように供えました


私は赤穂浪士討ち入りは、長矩公の短慮が原因と言われていますが

別の考えを持っています


この世に「たら・れば」は通用しないですが・・・・

あの時代に「朝鮮通信使」という制度が無ければ、長矩公も赤穂義士も

命を落とすことは無かったのかもしれません

かの国にかかわる事が日本人にとっていかにくだらない事なのか

吉良公も長矩公も朝鮮通信使のために命を失ったと思えるのです


争いはご免とか、9条が有れば平和になるとか、自衛隊廃止を

真剣に唱える人には一生かかっても理解できないかもしれません

日本人は「何かを守るため」に、自らの命を犠牲にできる民族です


自衛隊員が二次災害を恐れずに、救援活動をする趣旨がそこに在ります

日本人を守るため、大事な人の命を守るためなら、自らの命を厭いません


武士道とは 命を捨てることが【本義】ではありません

人の命を活かすため、生きるという事のために命を賭けることなのです

生きる(生かす)という事は死ぬことに通じます


死を恐れる人は形だけ「生きている」だけで、本当の意味で生きてはいない

大切な人を生かすことが大事、私は常にそう思っております

青臭い言い方ですが、命がけで生きることの先にこそ【尊い死】はあると思っています




   御朱印 泉岳寺



            《 泉岳寺 御朱印 》



  もうじき今年も「お盆」がやってきます・・・・

先人・故人に感謝する日がまた参ります

異常気象や暑い日が続きます

皆さんもお体に留意し夏を乗り切ってください (合掌)  


       


* 帰りの新幹線から観た富士山の姿・・・

富士山7・27

あいにくと「頭を雲の中」に隠していました。

Posted on 2017/07/28 Fri. 18:50 [edit]

category: 旅の記録

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東京へ行って来た 1  


昨年に続き今年も東京へ行ってきた

とは言っても、神宮球場の野球観戦がメインだが・・・

夏とは思えないほど涼しかった東京

家を出たときは蒸し暑さ全開だったが、浜名湖を過ぎたあたりから

雨模様で、神奈川に入ったら土砂降り状態

夜の試合は大丈夫なのか?


試合中止ならば、ホテルをキャンセルしてその日のうちに帰宅しようと

新幹線を降りてそのまま靖國へ・・・・

激しい雨の中、傘をさして参拝した



靖国神社2 22



あいにくの雨模様、参拝する人が少なかったのは寂しい・・・

すれ違う参拝客の半数以上が「シナ人」だったのは、私としては複雑な

思いが湧いてくる

ただの「観光地」としてなのか、英霊に対する真摯な気持ちなのか?

そんな事を考えても詮無い事だが・・・


靖國参拝29・7・26 22




靖国神社7・26 22












     御朱印 靖国参拝




取り敢えず地下鉄を乗り継ぎ神宮球場へ

外苑駅に到着したころには雨も止んでいたため予定通りに

試合観戦をすることに・・・


          神宮球場 2 22





球場では夏の高校野球の予選が・・・

八王子学園vs明大中野八王子の試合中だった

雨の中で試合をしたのだろう ご苦労さんと言いたい・・・

*結果は帰途に就く応援者(父兄)の話からすると

八王子学園が7回に逆転勝利したようだった

神宮観戦6・26 22




      神宮観戦 6 22


スワローズの人気選手である 山田哲人選手 の傍では若い女性が

熱い視線を投げかけていた 期待度が高く「プレッシャー」もすごいだろう

年棒が高くなれば、それ相応の成績を残す義務が生じる

「らしくプレイすればよい 頑張るな哲人!」




          神宮球場 看板 22



ヤクルトの試合はというと・・・・5回までに10点を失いワンサイドゲーム

7回終了時点で応援席は暗い雰囲気に・・・

ただ嬉しかったのは、私の見る限り誰一人帰ろうとはしなかったことである

「試合は終わって無いぞ~」

「一点ずつ返していこう~」

そんな大きな声援があちこちから飛んだ・・・


選手が出塁すると 「ココにつなげろ~」、「哲人につなげ~」 と

ボルテージはどんどん高まって行き、8点差で迎えた8回裏

ドラマが待っていた(笑)

ココ(バレンティン選手)のホームランで6点差に・・

「もう一点」 「もう一本」 コールも聞こえて来た

その後もヒットや四球で塁を埋め、あれよあれよという間に

10点差があったのに追いついてしまった(笑)


8回終了 同点に



その時の様子といったら・・・

見知らぬ者同士が手を握り合って「やった~」お祭り状態

未だ同点というのに、勝ったような喜びで充満していた

「サヨナラするぞ~」

残り続けるファンは「サヨナラ勝ち」するのが決まっているような

そんな応援風景だった

結果は見事延長10回裏、代打・大松選手のサヨナラ本塁打で勝利

セリーグでは66年ぶり2回目

両リーグでは20年ぶりの10点差を逆転した記録だそうだ・・・

そんな記録的な試合を直に観戦できたことは良い思い出になった


10点差を逆転7・26

             《 サヨナラの瞬間 拝借画像 》




Posted on 2017/07/28 Fri. 10:41 [edit]

category: 旅の記録

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ゴマ豆腐、雨の九頭竜湖  


帰路では高速に乗らずに、一路「九頭竜湖」へ向かう・・・

あいにくの雨だったが、これもまた「旅」の思い出になる


途中、「永平寺ごま豆腐」を買い求めに寄り道・・

ごまをする



混ぜる



混ぜる2



まぜる3



型に流す




DSC_0083-22.jpg



切り分ける



完成


大本山永平寺御用達  操業明治弐拾壱年

【 團助 だんすけ 】 さんの店頭展示より







DSC_0002_01-22.jpg





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DSC_0013_01-22.jpg


雨の「九頭竜湖」、どう見えますか?

大きさをお伝えできないのが残念ですが、雨の影響ではないでしょうが

ちょっぴり神秘的な風情でした




子供が小さい頃は「若狭の海」へ海水浴に行ったり

「小松」「片山津」までゴルフに行ったりと、何度もこの地方には

足を運んでいても、永平寺には「縁」が無く先祖も呆れていた事

だと思います

今回初めて大本山永平寺を訪れて、果たすべき「ひとつ」を成した

気持ちでいます

「曹洞宗の信徒」というには憚られる長屋の爺ですが、先祖供養の

足しになればという思いで、今回の永平寺にお参りを無事終了できました


私の座右の銘は、「玉磨かざれば器を成さず 人学ばざれば道を知らず」

でした・・・

この言葉の「もと」が曹洞宗開祖・道元禅師の言葉だったことを

今回再確認いたしました


玉は琢磨によりて器となる。

人は練磨によりて仁となる。

(中略)

必ずみがくべし

すべからく練るべし。




「究極の晴れオトコ」と自負していた長屋の爺でしたが

今年に入って20年ぶりに「雨のゴルフ」に直面し

今回の旅行も「雨」という結果に、「晴れオトコ」返上しようかと・・・

雨は嫌いじゃないけど、大事な一眼レフカメラが濡れるのは嫌!

雨用にカメラ購入など無駄な話で、何とも悩ましい旅の総括でした(笑)




Posted on 2017/05/15 Mon. 22:32 [edit]

category: 旅の記録

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