明日からちょっと休みます  


突然 7日(日曜)に仕事が舞い込んできた

予定は未定で決定ではないとは言いながら・・・何ともw

そんなことはお構いなしに明日から旅行に行きます(笑)


友人の旅行に便乗して、5~6日と北陸方面に行ってきます

半分は趣味で、半分は真面目な理由で・・・

我が家は曹洞宗なのですが、未だに永平寺にお参りしたことが無く

今回友人に同行してお参りしてきます (ともに曹洞宗なので)

よって明日から更新はできないと思います(酔っぱらってしまうからですがw)


話のネタがあれば旅行のあれこれを書けるかもしれませんが・・・

タブレットは持って行こうと思いますので、皆様のブログ閲覧は

できると思っています (あくまでも予定ですが)
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Posted on 2017/05/04 Thu. 21:15 [edit]

category: 私の思い

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長屋の爺のブログのスタイルと理念  


私は「不必要な善意」からこのブログに於いて、変わらぬスタンス

があります

一つは過去の歴史は「その時、その場に立ち会わなければ真相は見えない」

見聞きした事柄については、「諸説あって」、「・・と言う説もあり」「「・・・と言います」

そういう表現で【紹介】してきました


私が信じる事柄については明確に断言してきましたし、これからも正否が不明でも

私が信じるところの話は 「・・・だと私は考えています」「わたしは断言します」

「確信しています」という表現で態度を明確にしていくつもりです


私は一つの歴史事象において、多くの関連文章・書籍を観て、良かれと思い

その文章を自分の言葉に言い換えて紹介してきました

論理的に齟齬が無いか考え、私が執るに足らぬと思えば、話題にはしません


私のブログは歴史レポートでもなければ、研究論文でもありません

こういう話や説があります・・・皆さんはどう思いますか?どう考えますか?

信じる信じないは個人の自由で・・・という手法でしかありません

考える「参考」「題材」になれば、その程度のブログです

気楽に読み流してくれても結構です、無視しようと軽蔑しようと問題は生じません


多くの歴史研究家や有識者が基準にしているのは「日本書紀」の記述なのは

動かしようの無い事実であり、「書いてあるから事実」ならば、朝日新聞に

書いてあることは間違いなく事実であることになりますし

名無しの犯罪者も「名無し」が事実であることになるのです・・・・


可能性を否定したり「荒唐無稽な説」という方の根拠は・・・

決まって 「**に書き残されているのだから」なのです

私の記事の反論コメントや中傷コメントの多くは、日本書紀や古文書を

引き合い(論拠)にするものばかりで、その歴史書・古文書が「正しい」という

出発点から思考が開始しています

私は「書いてあるから事実」という言葉が大嫌いで、国家が遺した文章・書類

だから「信用できる」というのも納得できません


人間というものは、自分が大事であり、自己というものが最優先され、

自分にとっての不都合は隠したがるものであり、当然であるべき「日常」

などは【遺す】価値は無く、事実だけでなく「悪意のある文字」を残すこともある


告発本とか「手記」「エッセイ」と言われるものが全て事実ばかり書かれているとは

限らないと私は考えています

だれでも「字が読めて」安易に「モノ」が手に入る現代ですらそうなのです

古代では「漢文」や「万葉かな」を読める人がどれほどいたのか?

そのような国家文章をどのくらいの人が目にできたのか?

何が書かれていたのか知らないヤマト人が、事実・虚偽の判断すらできなかった

のではないだろうか・・・



良い事ばかりを書き残すのは、不都合を隠す意図であり、悪口雑言で非難糾弾する

のは、その反対の事実を隠す意図であることが多いと思います


疑ってみると、「新しい何か」に気づくこともあるかもしれません・・

私は「性悪説」が人間の本来の姿だと確信しております!

私自身の性格が悪いからだけではありませんが・・・(笑)


さて、日本で一番偉い人は誰でしょうか?

私が子供のころならば、きっと「天皇陛下だよ!」 と言うに違いありません

現代では「安倍総理かな」、とかいう子供がいるかもしれませんw


どうして日本は天皇がトップに君臨する国なのか その根拠は?

意外と知られていない話なのですが、これも「日本書紀」の記述から

そう信じられてきたというか、刷り込まれてきたという事なのです


日本書紀 巻第二 神代 下》

葦原の千五百秋の瑞穂の国は、わが子孫が王たるべき国である。

皇孫のあなたが行って治めなさい。

さあ、行きなさい。

宝祚(あまひつぎ)の栄えることは、天地と共に窮まりないであろう。


  我が日本は、我々の子孫が治める王であるべき土地である。

だから、その子孫が治めなさい。

その皇統がずっと続いていくことは、この天地が窮まりないのと同じである。


要約すると、この日本はアマテラスの子孫が王となって治める国である

その王(天皇)の血筋はずっと続く・・・


これが日本と言う国を、天皇が統治する論理的根拠なのです(笑)

統治能力、人間性、神秘性が優れていたかどうかは私は知りませんが・・・

日本書紀に書いてあるから「間違いない」ので、国民は信じなさいという事です


私は天皇崇拝者でもありませんし、天皇廃止論者でもありません

何処にでもいるような、少々くたびれた爺ですが

最近の天皇家を観ていると、「もういいかな?」と思ったりしています

私が天皇家を敬っていたのは、赤子(国民)のために【滅私の祈り】を

続けてくれる存在だという「微かな糸」のような繋がりでした


今の天皇家にわずかな神秘性も滅私の姿も垣間見ることはできません

見えないから「貴い」こともあります

聞こえないから「気高い」こともあります

万世一系も、神代からの家系も、何事も無ければ問題にすることも無い

手品に種があるように、皇室の存在も理由があって当然なのですが・・・

許容できることとできない事がこの世の中には存在します


もう一つ、この世の中には時として「必要悪」「無駄な善」というものが存在します

私の思考の中の天皇家・皇族というものは「無駄な善」という印象なのです

良くても悪くても、国民が一つになるための「精神的な束ね」だという事です

その天皇家に常に監視の目を向けているのが「宮家・皇族たち」なのです

その両者が機能しなくなっているとすれば、単なる無駄に思えてしまう・・・

東宮バッシングも結構、秋篠宮家マンセーも結構・・・

最終的に冷静な目で日本と言う国、天皇家の存在を俯瞰できれば、良いと私は思っています。


Posted on 2017/04/20 Thu. 22:09 [edit]

category: 私の思い

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日本国籍  


「日本人になるというより“この国のために頑張る”という約束や
命をかけた感謝を形にする」


これは先日6日、日本国籍を取得した歌手・クリス・ハート氏の言葉である

どこぞの半島帰化人に聞かせたい言葉だが(笑)

いや・・・多くの日本人にこそ聞かせるべき言葉かもしれないなぁ


国籍が日本だから「日本人」なのではない

日本人の心を持っているから「日本人」なのであり

日本が嫌いな人間は日本国籍を有しているだけの似非日本人である

日の丸が嫌いで、君が代が嫌いで、有りもしない「南京事件」や

「慰安婦強制連行」を信じて疑わない連中が日本にうじゃうじゃ居る

考えることを停止し、ヒトの言葉を未消化のまま鵜呑みにし、理由(わけ)

も深く考えず、周りの人間に迎合するのが現代の日本流である

などと、口角泡を飛ばして語ってみたとて、お花畑日本人が減ることは無い


日本人が考えない習慣になったのも、明治維新と大東亜戦争後からかもしれない

明治維新は前政権である徳川幕府の治世を悉く否定し、西洋風を物差しにし

それまで持っていた日本人のモノの考え・価値観を粉々に砕いてしまい

戦後の日本は西洋的な教育・思想を軸に日本人の愛国心まで捨て去る教育を

続けて今日の惨状にしてしまったのである


毎日習慣として新聞を読まれる方は「不思議」「おかしい」と感じているだろうか?

犯罪を犯して逮捕された人物を無職の男、自称自営業の男、会社員の男・・・

名前の無い人間がこの日本全国に数えきれないくらいいる事実を

実名報道される人間と、無銘の人物として報道される人の違いは何?

警察署の都合なのか?

報道機関の忖度・斟酌なのか?

もっと不思議に感じているのは、事件報道されたニュースの続報が出るのは

ほんの僅かしか見当たらないこと・・・

情報を不完全な形で「垂れ流し」その後の追跡取材も無く、大きな関心事と

思った内容だけを何度も報道する

その内容は何処も横並びの「裏取り」もしてない手抜き記事ばかり

取材したのかと思えば「やらせ」「捏造」「他社のパクリ」では話にならない


私流に言えば、新聞のニュース・報道・記事に金を払う価値が見いだせない

ネットで無料で閲覧する報道・情報で「事足りる」のではないか・・・

「何でも人を疑うものではない」

「私は騙されたりしない」

そういう考えの日本人が、今の日本を形成しているという事だろう


目の前に千円札が降ってきた・・・ あなたなら どう考えますか?

「ラッキー 千円拾った」と喜びますか?

 「だれも観てないかな?」とあたりをきょろきょろします?

「交番に届けなくちゃ」 と即座に決められます?

それとも・・・・「何でお札が降ってくるの?」って考えますか・・・

物事には必ず理由(わけ)があります

詐欺に遭わない、うっかり犯罪に手を染めないために

疑う事も大事な生き方だと私は思いますが・・・。




【夫】 おっと、ふ、ふう

この文字は男性が正装して髷(まげ)に簪(かんざし)を刺している形

おっと・男、の意味で用いる

【妻】 つま、さい

頭に三本の簪をさし、着飾った女の姿である

夫・妻とは・・・着飾り二人並んで結婚式に臨む男女の事である


夫とは「男性」に対する呼び名なのに、どうして【夫人】は女性の呼称なのか?

遥か昔・・・女性を呼ぶときには名前では呼ばず

他の人間が呼ぶときには、【夫(か)の人】と呼んだことから

男の「妻である人」を称して、夫の人→夫人となったようだ

日本の歴史に女性の通名だけで、本名が遺されていないことと

大きな関係が有るようだ・・・


今の日本では・・・「昭惠夫人」 などと使われるが

本名と呼称が一緒になると、どういう訳か顰蹙を買ってしまうようである(笑)

夫人とは夫の妻であることを忘れてはいけないという「天の声」かもしれない



Posted on 2017/04/09 Sun. 22:37 [edit]

category: 私の思い

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意外と新鮮さを感じてます  


不必要な善意からこのブログに代わって、一番に気づいたこと

いつの間にか忘れていた「初心」かもしれない


毎日訪れてくださる読者の方・・・

4年前の開始当初のように数名から十数名なのである

Kuonさんやカナダの親父様と縁ができる前の状態・・・

書きたいことを書きたい時に、自分の言葉で・・・


こんなことを書けば、「どう思われるか」など意に介さず

こんなことを書けば「訪問者が増えるだろう」などとも考えず

一人、二人に伝われば「本望」とでもいうべきか(笑)



本当の事をいうと、このブログがどういう方向へ行くのか私自身

決めかねているのが現実なのです


一つの事に絞ると早晩行き詰まるのは目に見えています

だからと言って私生活ネタは書くほどの内容も無く

猫の話題も頻繁には出てきそうもない


カメラを今日やっと取り出しました

桜の季節なのですが、体調が悪いのと空模様が・・・

明日、空模様次第ですが、カメラを手に車を走らせてみようと思います

ミコの写真もずいぶん撮っていないので、それも懸案事項ですが…

ただし・・・予定は未定で決定ではありませんので、ご理解くださいw


花冷えにはくれぐれもご注意を・・・って、私が言う台詞か?

皆さまも体調管理に気をつけて・・・よい週末を!

Posted on 2017/04/07 Fri. 21:40 [edit]

category: 私の思い

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鬼の霍乱かな?  

転居の疲れが出たのか、季節の変わり目か、歳のせいなのか・・・

昨日から体調を崩して寝込んでいる

つい先ほど、冬眠から出てきた熊のように、家中を徘徊している(笑)

熱は無いし腹の具合も悪くはないので、風邪ではないようだ

友人に言わせれば【鬼の霍乱(かくらん)】らしいw

数年に一度寝込むかどうかの「叩いても死なない爺」だというのだ

取り敢えず安静にしていようと思っている

病は気から? そうであってほしいと・・・・・


 「上皇」 負のイメージと「二重権威」の払拭する制度設計を

 有識者会議の22日の意見聴取では、ご譲位後の天皇陛下の称号を「太上天皇(上皇)」とする意見が相次いだが、歴史的経緯から上皇には負のイメージもつきまとう。新旧天皇の併存による「二重権威」の弊害への懸念払拭もあわせ、制度設計の重要性が改めて浮き彫りになった。
 歴史上、上皇の称号は譲位した天皇に贈られ、出家した場合は「法皇」と呼ばれた。「院」の称号も使われ、天皇と同等の政治的権力を行使する政治体制は「院政」と称された。現在では、陰の実力者が政治や企業システムの中で権勢を振うことの比喩としても用いられる。
 こうした背景を踏まえると「上皇=権威の二重性」と捉えられがちだが、東大史料編纂所の本郷恵子教授は「『太上』はあくまで前天皇に対する敬意に基づいて付けられるもので、必ずしも上下関係があるということは意図していない」と説明。「天皇の地位は象徴であり、継承順位も定められているので、政治的な操作の入り込む余地は少ない」と指摘している。
 ただ、譲位後の活動のあり方に関しては慎重な意見が多かった。
 皇学館大の新田均教授は「天皇であられた方のご公務は一般の皇族とは意味が違う」として、譲位後も強い影響力が残るため、公務は原則、行うべきではないと主張。
 関東学院大の君塚直隆教授も、譲位後に再度即位する「重祚(ちょうそ)」や摂政、皇室会議議員への就任については否定的で、海外国賓の接遇などの国際親善に限定すべきと主張している。
 有識者会議は、譲位に伴う皇太子の徳仁(なるひと)さまのご即位にあたり、皇位継承順位1位になられる秋篠宮さまのお立場についても意見聴取。現行法には規定がないため、皇室典範改正や特例法に盛り込むなどして、秋篠宮さまを「皇太弟(こうたいてい)」と称する意見もあった。
 一方、本郷氏は皇后さまの称号について「崩御した天皇の后である現行の皇太后とは状況は異なる。より適当な称号を求めることができるか検討すべきだ」と述べた。

        2017.3.23 産経新聞【天皇陛下譲位】より転載


【忖度(そんたく)】 という言葉が巷間で話題になったが

天皇が譲位したとしても、元天皇と呼ぼうと上皇と呼ぼうが、国民の思いは

「権限が無い」とか、「公務かどうか」など一切関係なく、元天皇なのだからという

意思が働いてしまう、つまりは忖度してしまうのではないか

さらに政府関係者や役人、近習の者たちは元天皇や元皇后の立場ゆえ

少なからず【斟酌(しんしゃく)】してしまうだろう

ご高齢な陛下のことを斟酌して、譲位問題が表面化したことになっている

のだから、あり得ない話ではない・・・


本来なら何処かの地で静養して「余生」を過ごされることが一番だが

またぞろ絵画展だとか演奏会だとかにお出ましになられるだろうから

何のための譲位なのかと言う疑問はぬぐえないのである


そもそも今回の譲位は表向きには高齢を理由にしているが

資質に問題のある皇太子夫婦へのバトンタッチが主目的だろう

ただ・・・完全に両陛下が隠居されたとして、皇太子が即位しても

宮内庁による【皇室祭祀の形骸化】は止めることはできない

いや、むしろ加速すると言ったほうが適切か・・・

公務のできない皇后など不要であり、祭祀に否定的な皇族は

さらに必要ない・・・・

お花畑国民が多数を占める現代に在っては、モノ言えば唇寒しだが

私たちの世代で皇室が崩壊するのも定めなのかもしれないが・・・



皇太弟(こうたいてい)という言葉は私の知る限り、桓武天皇の時代

弟の【早良親王(さわらしんのう)】に対して使われたと記憶している

早良親王とは「祟り(たたり)」で怖れられた人物で

桓武天皇の実弟でありながら、無実の罪で非業の死を遂げた親王である

桓武天皇の周りの者の命を次々に奪ったとされる「祟る親王」だ


表向きに皇太子待遇だが、皇太子に指名したい人物が幼かったり

不都合な状況の時に、便宜上「皇太子」として処遇する呼称である

まさか、1200年前の再現を試みるつもりではないだろうが・・・

禁裏の魑魅魍魎は何を企むかしれたものではない



天皇が即位することを「践祚(せんそ)」と呼ぶ、本来は践祚と即位は

同じ意味の同義語だった

「践」とは位に就くこと、「阼」は天子の位を意味する

桓武天皇の時代から践祚の儀と即位式が分けられたが、現皇室典範では

天皇の崩御の時のみ践祚と言う言葉(呼称)を使う

なぜなら・・・譲位と言う制度など存在しないからである


新天皇が世界中の笑いものになるかどうか・・・

御大典(即位の礼・大嘗祭)に際し、あの夫婦がやらかしてくれそうな予感がする。

Posted on 2017/04/06 Thu. 20:21 [edit]

category: 私の思い

thread: 思うこと - janre: 学問・文化・芸術

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