反省  


私が余計な事を呟いたことで心配をかけてしまったようで・・・

痛い痒いとは実生活では弱音は吐かない爺ですが

ブログという空間で甘えというか油断というか大いに反省しています


私は現在も肉体労働に従事している職人です

頻繁に神社仏閣の床下を匍匐前進したり、天井の梁を忍者のように

動き回っております

まだまだ若いものには・・・・という自負もあります

2年前までは腹筋30回、背筋30回、腕立て伏せ30回をワンセットに

3セットは息も上げずにこなしていました

ところが昨年左背中(肩甲骨)の横の筋を痛めてしまい(断裂寸前)

その部分を庇うように仕事をした結果、腰に負担がかかって腰痛を

頻繁に起こしてしまいました

運動不足とか加齢による腰痛の類ではなく、怪我がもとで起きた腰痛です

時々20キロ近くある材料を数十個運ぶ仕事があり、左肩を庇うあまり

腰に過剰な負担を強いていたというのがほんとうの処です

左肩も大分痛みが無くなっていますが、庇う姿勢が癖になり腰痛の再発を

起こしているようです

痛みが消えたら従来のように腹筋や背筋の運動を再開するつもりでおります


仔細を書かないで腰が痛いとだけ書いたばかりによけいな心配をおかけしている

のが申し訳なく、今日はパソコンに向かっておりますが

もうしばらくはタブレットでの閲覧だけになりそうです、タブレットでも記事は

短いものなら書けそうなので、挑戦しようとは考えていますが・・・

心は繊細ですが、身体だけは頑丈な長屋の爺ですのであまり心配下さらないように

お願いいたします(笑)


仕事は休めないので日常生活で体を休めているのが現実です

これを機会に「弱音を吐いたり」「痛い痒い」を言わないブログにしてまいります

皆様に感謝!
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Posted on 2017/09/15 Fri. 21:48 [edit]

category: 私の思い

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爺のつぶやき  




私は私の知人・友人を公然とではなく、陰で悪口を言う人間が許せない性分です

言いたいことが有るなら公然と言えばよいのに、友人である私に悪口をこっそり

言うのは「卑怯極まりない」人間と判断します

私は言わないならけっして言わない、言うなら直接当人に言うのが信条です

ココだけの話・・・・が大嫌いで、その瞬間からその人間が嫌いになります

何もしていない人間の後ろから殴りつけるような・・・卑怯な人間と言う認識です

正々堂々と言うべきであり、嫌なら飲み込んで封印すべきだと思っています

へそ曲がりで偏屈な長屋の爺らしい・・といえるかもしれませんが(笑)
 






神社は生まれたときや七五三など命を大事にするお祝いをする場所じゃ無いですか。

改憲なんかして人の命を奪いたいのか?

そんなの神様がいる場所じゃ無いでしょ、神様がお懲りますよ。



とあるブログからの引用ですが・・・

このブログを読まれている方は耳にタコでしょうけど

神社とはお宮参りとか七五三のお祝いのためにあるわけではありません

神様がいるという表現も正鵠を射ているとは言えませんが、固い事は

言わないでおきます・・・(笑)


神社に対する認識は通常はこの程度なのかと落胆している爺です

神社本庁が傘下の神社に改憲賛成の署名を強要したとかしないとか

それで離脱する神社が増えていると言う話らしい・・・


神社本庁なんてものはたいして意味のない団体だと思いますけど

まるで上納金を吸い上げるような組織・団体は無くても構わない

私はそういう立場で考えています


全国の神社で得られる神宮大麻(天照大御神の札)の初穂料のうち

半分が神社本庁の収入とされ、残りの半分は伊勢神宮の収入となり

神社本庁は傘下の神社に対し、一定数の神宮大麻の頒布を求めており

規定数に達しない場合も傘下の神社は札を返さないことになっているそうです




新聞紙の押し紙みたいな強制制度には驚きますが、これが神社の現実です

ここできちんと考えなくてはならないのは、この神社本庁という組織ができた経緯

について国民は知らされていないことが多く、早い話が明治新政府の「策略」と

言えるかもしれません


明治新政府が搗いた「餅」を、GHQが料理し、神社本庁が食べている


神社の由来・伝承など個々の神社によって違いがあり、八幡様や稲荷伸など

天照大御神とは関連の無い神さまなど祀っていますが、どういうわけか

その祭神が異なる神社を「神社本庁」が統括しています

例えは悪いですが、ローマ法王庁が仏教やイスラム教、ユダヤ教やヒンズー教

神道を管理統括するようなもの・・・・

私にしてみれば、そういう形での捉え方をしています


神社神道は宗教という形式で「宗教法人」になっています

その頂点が伊勢神宮であるならば、皇室の「祖神」を祭ってある「神宮」

も宗教施設と言う認識になり、皇族の参拝は「国家的宗教行事」にも

なる可能性があり「政教分離」に抵触します

天皇の伊勢参拝は「私人による参拝」というならば、政治家や各大臣の靖国参拝も

なんら問題が無い事になります

これがGHQ憲法の不可思議で辻褄の合わない問題の一つですね・・・


日本の神道の家系の人間がキリスト教の学校に通う事を不問にする時点で

この国の皇室は神道の家系では無くなったことの証明になりかねません


(あくまでも長屋の爺の持論ですので異議・異論は遠慮します)



どうして? なぜ? には必ずといって良いほど【理由】があるものです

私もそう長く生きれそうにありませんので、本音の部分をもう少し

出していこうと思い始めました(笑)

それがブログの「超過疎化計画」です (そんな大それたことではないですけど)


生まれ持っての性格の歪みが、こういう物事の考え方をする爺を作った

素直に疑わずに生きている人が多い世の中で、私のような人間は異端児です


私は子供のころに「屁理屈を言うな」という言葉で育ちました

そんな私が考えたことは、「屁理屈」ではない「理論的な組み立て」をするには

どうしたら良いか・・・・

屁理屈と論理的思考は紙一重です

論破できなければ「屁理屈」、論破できれば「正論」という結論でした

(訪問販売や詐欺勧誘に屈しないのはこんな考え方からかもしれません)


私は他人前では寡黙な人間ですが、親しい友人とは「軽口」も叩きますし

駄洒落だって言います

世間一般の「下ネタ」にも参加しますし、昭和の思い出話も大好きです

基本的に人間が嫌いではないですし、どちらかというと人間が好きなほうです


でも・・・一人が好きで、きっと他人といると「疲れる」からかもしれませんが

私の場合他人と同じ空間にいると、自分というものを殺して存在します

親しい人間といるときだけ「裸の長屋の爺」として存在できるような気が

しているのも事実です


二重人格でもないですし、精神異常でもないと自分は思っていますけど・・・

かなり変人ではあります (これは間違いないですね)


日本の教育が嘘を教えていたり、間違いを訂正しないまま時を経たり

そういう事に大きな疑問を感じています

「曖昧」なことを容認する国風が今のお花畑日本人を作っていると

私は常に感じています

知れば目覚めることは可能ですし、知ることの大切さも実感できます


私の考えが正しいとか言うつもりはありませんが

こういう考え方・捉え方もあるのだという事を、これから発信していこうと

考えています。

Posted on 2017/09/09 Sat. 21:41 [edit]

category: 私の思い

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○○だけは違う!  


めっきり涼しさを感じるこの数日

エアコン要らずの季節に入ったかもしれない(希望的観測)


何処かへ出かけたい虫が、ごそごそと蠢いてきたが・・・

纏まった連休が決まらないので、実現しそうにない(笑)


思いついたら先の事を考えずに、車に乗ってあるいは電車に乗って

飛び出していく無謀さも持っている長屋の爺だが、人込みが苦手なだけに

「思いつく」ことは滅多にないですけどね・・・





人間という生き物は思考の迷路に嵌まっていても意外と気づかないのである

盲信とか盲目的とか言われていることでも、私には関係ない、私は違う・・・

綺麗なバラには「棘」があり、かわいい妖精(クリオネ)も醜い姿を見せたりする

人間は子供を卵では産まないし、ながら運転をすれば目を覆う大怪我をする

だれでも血など観たくないけど、血を見るような行動を平気で行っている

他人の心の中など理解できるはずもなく

他人の気持ちなど考えて生きている人間など居ない・・・・


○○宮だけは違う

*子さまだけは違う

私たちが知っている皇族の姿など、現実の1%も無いかもしれない

それなのに、○○だけは違うという感情こそ、自ら見えないようにして

観ていることではないでしょうか

馬でも斜眼帯(しゃがんたい)を着けていては周りなど見えないのに・・・


開かれた**という言葉の世界に、全てが見えているかのような

大きな勘違い・錯覚をしているのかもしれないですけどね


私が平安期の皇族の通説に異論を唱えると、「そんなことは無い」と

反論された方もいたが、これだけIT時代になって多くの真実の断片が

明らかになった時代でも、「出自」「経歴」「素行」などが歪曲・捏造されて

庶民の耳目に曝されている現実があり、千年も昔ならいくらでも「書きよう」

があっただろうし、どんな伝記に仕上げようと可能だったはずです

「天子さん」のことは日本の庶民には雲の上の世界の話だったのですから

早い話、今以上に一部の人間だけの世界だったという事になります


昭和天皇を最後に日本の皇室は荒廃したと言いながら、**家だけが救い

最後の砦のように書いておられる方も多いようだが

政治家がどこを切っても「金太郎飴」のように、自分達のことしか考えていない

現実を観れば、推して知るべしであり、その世界にはその世界の人間にしか

分かり得ないことが多いという事

その家の事はその家の家族だけにしか、わからないことが有るように・・・・・


【自分だけは違う】という発想はどんどん膨らんで、【あの方だけは違う】となり

あの方に限ってあり得ない、そんなことは信じられない、悪意を以て嘘を言うな

と、どんどん回りが見えなくなってしまうことにもなる

盲信とか狂信というのは大げさだが、周りが見えなくなっていることは意外と

自分自身では気が付かないことが多い気がします


私は生来の偏屈・根性曲がりですから、人と違う見方から始めることが多い

その「鍵」は、なぜ?どうして? からです

事件であっても社会報道であっても、そのニュース・記事になった背景の「なぜ」

「どうして**は?」ということから考えます

大きな話題のニュースでも、直感でブログに書くことは避けていて

自分の中で「なぜ・どうして」に一定の答えが見えた時、その持論の半分程度で

ブログ記事にします

あまりにも過激な私感や暴論を書いて面倒なのも遠慮したいですしね(笑)

それが見えてこない時はブログで取り上げることはしません


今回の婚約騒動にも「長屋の爺」なりの推理・暴論はありますが、あまりにも

突飛な事(世間的に)なので、書くことは無いと思いますけど・・・

全ての事には【理由(わけ)】があります

上から下から後ろから斜めからあらゆる可能性を消去法で考えれば、残るのは

二つ三つでしょうか?


私は天皇擁護派でもないですし、皇室不要派でもありませんが

どうして自民党は歓迎しているのでしょう(これが一番大事)

どうして野党は静観しているのでしょう(明白です)

どうして国家の重要な発表が最初にマスゴミから出されたのでしょう

これとて長屋の爺の暴論ですと言っておきますが・・・


崇拝というのは「神秘性」が不可欠です

開かれた時点で皇室に崇拝の資質が無くなったという事かもしれません

あくまでも長屋の爺の個人的な意見ですけど・・・。


Posted on 2017/09/03 Sun. 19:24 [edit]

category: 私の思い

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お利口さんになった日本人  


連勤が続いて「体調」を崩してしまった

今年の夏も相当暑い・・・・

寒いのより暑いのが苦手な爺なので、この時期の連勤は堪える

暑い暑いと言ってるうちに、すぐに秋がきて冬になるのだが

幼年期と少年期、青年期と壮年期の時間の進み方は違っている

そして老年期の時間の速さといったら「光陰」のようである

歩む速度より時間の経過の方が早く、時間に追い越され「置いてけぼり」を食う

こればかりは如何ともし難いのが現実か・・・・・


現代の日本人は「お利口さん」がとても多い気がする

これも「金太郎飴現象」なのかもしれないが

とにかく「自制」することを基本に置いているようだ


「すきに言わせておけばいい」

「無視して、相手にしない方が賢明」

「そのうち・・・○○するだろう」

そうやって「賢明で理性的な大人」に見せようとする

そんなお利口さんばかりの日本がどうなったのか?


竹島を強奪され、売春婦には金を集られ

日の丸を燃やされ、旭日旗を批判され・・・・

靖國に参拝することまで批判(内政干渉)されている


自虐史観が骨身にしみている日本人だから、当然の結果であり

自分が良識のある大人だと自負するのは勝手だが

そんなお利口さんぶっていることが、現在の状況を作ったとは誰も思わない

のである

ダメなものをダメと言わない・・いや、言えない日本人たち

日本中が傍観者になっている現状に危機感すら感じている


この世の中、肯定する者と否定する者、そして多くの「傍観する者」で構成されている

イジメも政治も社会も、全ては無関心で無責任な「お利口さん」が作り出している


思い出したように何かを批判する人たちは、必ずと言っていいほど「後出しジャンケン」

で強烈な【ダメ出し】をする傾向にある・・・

群集心理とか集団心理とかいうものかもしれないが、自ら率先して声を上げようとはしない

くせに、誰かが声を上げるとそれに乗じて「小さな声」をあげている


このブログもgooブログもはっきり言えば「過疎ブログ」なのだが

この過疎ブログをもっと「超過疎ブログ」にする手段が一つだけある

私の本音を100%出して書けば、閲覧者は一桁になってしまう

私がブログに書く内容は自分の考えの2~3割で押さえて書いているのが

事実で、常々書いているが、私は過激で偏屈な爺なのである

* 好々爺を装っているが、中身は「危ない思想」の持ち主かもしれない(笑)


今回のgooブログの騒動・事件は沢山の事を学ばせてもらった

私にとって「カナダの親父様」と「ジュゴンさん」は面識が有り、井沢先生は

読者登録しているブログ主さんなので、他人事では無かった

しかし、私は騒動に巻き込まれていたわけでもなく、部外者だったため静観する

事を選択したが、あまりにひどいのでgoo事務局に一言二言モノ申しただけだった

私ができる事はその程度の事・・・


私の持論は好い時には「だれでも」集まるのは当然だが、「悪くなったとき」には

蜘蛛の子を散らすが如く誰も居なくなってしまう

辛い時、困難な時にどれだけ黙って寄り添えるか・・・


口は重宝なもので何とでも言える

私の人生でどれだけ他人に失望したか、またどれだけ他人の暖かさを感じたか

倒れた人間を踏みつける人間は想像以上に多い事を知っている

口先だけは同情を見せながら、心無い人間を信じられないほど見て来たので

好い時に知り合った知人は「一定の距離」を置くことにしている

二度と同じ経験をしたくないからというのが本音


小説のような人生だって実際にはある

波乱万丈な人生は何処にでも転がっている

自分は馬鹿で「つける薬も無い」と思って生きて来た

今、正直な思いは「馬鹿で良かった」

お利口さんになど、ならなくてよかった・・・・


最近「怒る事」が少なくなってきた

無関心とは違う失望のようなものが大きくなった気がする


声を上げられなくなったらブログを閉じる時

世の中に関心が無くなったらブログを閉じる時

お気に入りのブログを閲覧できなくなったらブログを閉じる時

一つでも学ぶ意欲が失せた時、人生を閉じる時だと思っています。

Posted on 2017/08/26 Sat. 22:45 [edit]

category: 私の思い

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気になったこと  


眼の状態が思わしくなく、更新を控えようかと

朝までは思っていました・・・・

原因はもともと眼の状態が悪かったのですが、そこへ

先日購入した「特攻隊関連」の書籍を読んで、さらに状態が

悪くなったみたいです

つまりは、涙なくして読み進めることができないからですが

何のための読書なのか? と自戒してみたり (笑)


そんな状態の長屋の爺ですが、ちょっと不思議なことに

気づいたのです

gooブログを開設している方はご存知かもしれません

gooブログの編集画面には【リアルタイム解析】という機能が有ります

簡単に言うと、今現在何人の方が閲覧しているか

そして、一定時間の閲覧のブログ順位を、リアルタイムで表示します

おそらくリアルタイムと言っても、瞬間ではなく「一定時間」の閲覧数だと

私は理解しています

そのリアルタイム解析の下段(下のほう)に【総合ランキング】というものがあり

そこに順位が表示されるのですが、右側には【TOP100記事】というものが

ランダム表示され、人気ブログ記事が、約20秒間隔で変化します


当然のように著名ブログが表示されるわけですが、可笑しなことに気づきました

これは私の思い過ごしかと思って昨日・今日とタブレットで頻繁に確認したのですが

間違いなく「ある異常」に行き着きました

その中には、BBの覚醒記録、ふぶきの部屋、井沢満ブログ、伏見顕正の

「時を斬るブログ」の各記事がそのTOP100にランダム表示されています


ところが・・・ ♪銀蠅ブンブン♪日本の危機ニダ♪が一つも出てこないのです

全くです 全然です 一つもです 皆無です

こんなことが有るのでしょうか?


私は井沢先生のブログだけは以前から閲覧させてもらっていましたが

他の方のブログはほとんど見たことが有りませんでした

gooブログの総合ランキングの上位ブログがどうしてTOP100に

掲載されないのか・・・・・

可能性は二つ、トド子さんが何らかの理由で掲載表示を断っているのか

または、gooブログ管理者の意図的な不掲載なのか・・・・

何時まで経っても伏見のブログが健在なのと、何か因果関係が有るのか?

どうでもいい事かもしれませんけど・・・

なんか釈然としません(笑)


gooに対する不信感が募るばかり、私も「アドバンス」という有料ブログですが

特別な理由は無く、私のネット環境が「Wi-Fi(WiMAX2)」でメールアドレスが

gooを使用していました

当時は無料メールでしたが、数年前に有料のみに変更され、ブログと同時に

有料にすれば「割安」というので、有料ブログになった次第です

いまでは別にgooでなければ、不都合なことも全くありません

各登録機関へのメアドの変更手続きが面倒なくらいです(笑)

さてさて・・・どうしたものか

gooを止めることは「花はそっと咲き・・・・」のブログを止めることでもあります

ので、もう少し考えて結論を出したいと思っています。

Posted on 2017/08/18 Fri. 20:06 [edit]

category: 私の思い

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